表面的な面影

IMGP0063.jpg 神田駿河台へ行きました。

 中学生のころから来ているこの場所で一番変わったのは、明治大学。

 旧記念館がリバティタワー(120周年記念館)に建て変わったのをはじめ、中核派のアジ看板もなくなり、すっかりイメージが変わりました。(写真の場所)

 とはいえ、旧記念館のデザインが一部活かされています。


 古くからある建物を改築するときに面影を残すのが最近の風潮です。

 丸ビルもそうですし、表参道ヒルズもそうです。

 長年親しまれた景観を残しつつ機能的に新しいものになるのは、悪くないように思えます。


 しかし、大学の改築は果たしてどうなのかなぁ、と最近思うようになりました。


 旧記念館といえば、道路わきのアジ看板とともに、建物の玄関辺りで楽器の練習をしている学生の姿が印象的でした。

 リバティタワーでは、そうした学生の姿を見なくなりました。
 まぁ確かに、道路わきの塀がなくなってオープンな雰囲気になったと言えばそうなのかもしれませんけれど。

 中核派はともかく、楽器を吹いていた彼らはどこへ行っちゃったのかなぁと思うのです。


 早稲田大学でも、特に南門付近の建物が次々と改築されました。

 旧8号館は新8号館に、旧第一学生会館はα棟に。
 新8号館もα棟も、外観は旧8号館や旧第一学生会館とほとんど同じです。

 新8号館に至っては、入口の階段の形状まで同じです。


 しかし、建物の中にあるものは、かつての「にぎわい」とは全く違う殺風景なものです。

 新8号館の地下はがらんとしていましたし、α棟の1階にはかつて鉄道研究会がたむろしていたような学生の居場所はありません。

 外観は妙に面影があるだけに、その中身が私の知るものと全く違うものになったことが余計に寂しさを感じさせます。


 丸ビルや表参道のように、改築が新たに人を呼んで賑わうようになったのなら、中身が変わろうといいんです。変わることそのものは否定しません。

 でも、各大学で相次ぐ改築は果たして新たなにぎわいを生み出しているのだろうか、と、ふと考えてしまうのでした。
author by よんなん
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