東京都の猪瀬直樹副知事が、都営地下鉄を東京メトロと運営を一元化すべきであると書かれた本であります。(
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副知事が「地下鉄九段下駅の壁」とやらをマスメディアのカメラマンを引き連れて見せびらかしたりしていて何やらそういう主張を持っているらしいとは知っていたので、買って読んでみました。
タカハシ視点で要約すると
(1)山手線内で営業を許された鉄道は地下鉄だけであり鉄道事業のみで儲かるに決まってる
(2)東京メトロは民営化された途端に遊休地で「ホテル」や「デパート」に「ワンルームマンション」「ゴルフ練習場」を始めた、投資をするなら「公共機関」として「まちづくり」に貢献せよ
(3)東京メトロはJR東日本よりも給料がずば抜けて高くてけしからん
(4)東京メトロの社宅は家賃が安すぎてけしからん
(5)東京メトロは「お客様」のほうを向いていなくてけしからんので、株主総会で言ってやった
(6)そもそも都営と営団の「2社体制」だったのは、地下鉄の整備を急ぐためであり、その目的は果たされた
(7)都営地下鉄の長期負債は確かに多いが都営線の収益だけで着々と返済できている。早期にネットワークが完成した営団地下鉄〜東京メトロと同じ道をたどっているのであり、東京メトロの収益性を害しない。
(8)「九段下駅の壁」は2社体制のせいで、一元化すれば解消される
(9)一元化すれば初乗り運賃を2度取られずに済む
まぁ、大いに賛同できるのは、(5)とせいぜい(3)くらいですかねぇ。(ぇ
あとは、「副知事のおっしゃりたいことは分かりました」という程度です。
(8)(9)に至っては、ウソつくな、悪質な煽動だ、とすら思いました。
以下、ずらずらと書き連ねます。
そもそも会社にも行けないでいる社会人として失格の自分(そもそも都民ですらない)に、副都知事様につまらんツッコミをする資格があるのか甚だ疑わしいところではあるんですが。
とはいえ、鉄道マニアとして自己満足的に(←重要)書きます。
まず第一に、副知事様ともあろうお方が何を小さいことを言っているのか、と思うわけです。
東京メトロは鉄道事業だけで儲かるくせに駅のバリアフリー化すら差し置いてワンルームマンションなんか建てている場合か、売り払って東京の地下鉄運営に徹するべきだ、さもなくば「公共機関として」ホテルやデパートではなく保育所や高齢者・ファミリー向け住宅を造るべきである、と「書くだけ」「騒ぐだけ」だなんて、あなた本当に首都の副知事ですか。
ただの「評論家」、さもなくば野党勢力と言ってることやってることが同じですよ。
そもそも東京都は東京メトロの大株主(46.6%)で、メトロが稼いだ収益から毎年40億円ほどの配当を受け取っている(50ページ)のです。先の不動産投資の話だって、東京都は副社長や常務を送り込んでいる立場じゃないですか。
民営化した以上、公務員とは違いますから「稼いだ分は自分にも返ってくる」とばかりに、そりゃぁメトロ社員諸君は知恵を絞りますって。……事実、営団地下鉄時代は長いこと「資材置場」として放ったらかしだった土地が利益を生み出し、それが、東京都への「40億円ほど」の配当金の一部にもなっているのでしょう?
「バリアフリーよりも不動産ビジネス」などと題して、相変わらずの「非権力側の作家」を気取ってなんかいないで、まずは大出資者である東京都の副知事という責任ある立場としてまともな取締役を送り込み、株主総会では「株主にももっと還元せよ」と主張をして、それをもって都民に還元したらどうなのか、そのほうがよほど現実的だと思うんですけれども。
地下鉄ビジネスと私鉄ビジネスの違いを説明するのに延々と歴史に触れてますけど、なんのために誰がどうやって早川徳次から地下鉄を取り上げたのか、一番分かってるんじゃないんですか。
とはいえ、現在の東京メトロをまるごと擁護する気にもなりません。
東京圏の人口は2015年まで増加が見込まれてますが、それ以後はすでに日本の人口が減り始めているように減少することが予想されているわけで、せっかく株式会社化されて営団時代より経営の自主性・自律性・自由度が増したというのに何をしているのか、資産運用といったって所詮は東京の中で満足してるだけじゃねぇかと、私なんかは思うわけです。
香港の地下鉄会社、「香港鉄路有限公司」を見てごらんなさいよ。
香港内の交通事業を独占するに飽き足らず、海外の地下鉄運営までやり出してます。
これからは、インフラを輸出するだけでなく、完成後の運営も受注する時代です。
逆に、東京都さんがもう地下鉄を自前でやりたくないと言うなら都営地下鉄の運営を(有料で)請け負います、と都庁へ営業しに行くくらいの気概が欲しいですね。
メトロにやる気がないならウチの会社でやっちゃいません?>各位
二番目に、「副知事は最終的に何を目指しているのか」が分からないんです。
二つの地下鉄は同じように税金を投入してつくられたにもかかわらず、住む場所によって運賃が大きく違うのは不公平である。(20ページ)
「住む場所によって運賃が違うのは不公平」、その解決には「一元化」しかない、それを言い始めたら、すべての鉄道をすべて一元化して一律運賃にしないと満足できない話になります。
それでいて、足元の東京都交通局の中で都営地下鉄と、都電、日暮里・舎人ライナー、都バスの運賃が別なのには(なぜか)触れていません。
日暮里・舎人ライナーは初乗りこそ都営地下鉄より10円安い160円ですが、運賃の上がり方は都営地下鉄以上に激しくて終点まで10キロ足らずで320円取るじゃないですか。
都電は全線160円均一ですが、同じ都営の地下鉄やバスを乗り継いでも初乗り運賃をもう一度取っているでしょう。
都バスは出発地から目的地まで直通する系統がなければ、乗り換えをさせられる挙句にもう一度200円取られる仕組みです。
それこそ「不公平」と言うんじゃないんですか。副知事。
本当は、何がしたいんですか?
(何が目的か分からないが)都営地下鉄と東京メトロを(とりあえず)くっつければ「利用者のため」、それさえできれば万々歳、としか読めないから、「近視眼的」だと言うんです。
副知事は道路公団を民営化させた人でもありますけど、道路公団は(はるか遠い将来に)債務を償還したら解散して高速道路が無料になるはずだったんです。……民間会社になった以上、将来会社を消滅させるような経営を、誰がするもんですか。
“無駄な高速道路”とやらは「新直轄方式」でつくられることになり、結局何が目的だったか分からずじまいのまま、少なくとも「黒字路線」なんか二度と無料にならない仕組みをこの人はつくりました。
こんどは都営地下鉄と東京メトロを、東京都交通局ですらやっていないことを掲げて「一元化」「一元化」と書き立てて、「東京の公共交通機関」をどうしたいのでしょうか。
あとは各論になりますが、錦の御旗のように掲げている
東京メトロと都営地下鉄を一元化すると、どちらかの運賃体系に合わせなければならない。(180ページ)
は大ウソです。
東京都交通局の中ですら、運賃体系が一つになっていないことは触れました。
ほかにも、千葉県にある「京成千原線」。……これはもともと「千葉急行電鉄」という独立した鉄道会社だったのが立ち行かなくなって京成電鉄に「一元化」されたものです。
ところが、猪瀬副知事が言うような「運賃共通化」は「一元化」では実現せず、千葉中央駅を境にもう一度初乗り運賃を取られる仕組みになっています。
逆に、JR旅客6社はそれぞれ独立した(特に上場3社は資本関係すらない)会社であるにもかかわらず、初乗り運賃は1回払えばよいのです。
(運賃そのものは「電車特定区間」「幹線」「地方交通線」の3本立て+北海道・四国・九州の割増運賃で、全国一律運賃ではない)
経営を一元化したからといって運賃を共通にするいわれはありませんし、逆に、経営が別でも運賃を共通にして運用している例もあるわけです。
また、散々メディアに見せびらかした「九段下駅の壁」は「経営一元化」「二重改札の解消」をしなければ取り払えないのでしょうか?
現在、JR新潟駅で行われている在来線の高架化工事が完成すると、新幹線と在来線が同一ホームで乗り換えられるようになります。(
参照)
新幹線と在来線の間には壁と改札を置く(はずな)ので、「仕切り壁に阻まれているため、階段を昇り降りしてさらに改札を二つ通り抜けてから乗り換えなければならない」(24ページ)とは「うそ・大げさ・まぎらわしい」にもほどがあります。
経営一元化などと大騒ぎをしないでも、何か所か壁をブチ抜いて「乗り換え改札口」を置けば実現する話です。……そんな程度の話ですから、わざわざ「遠回り」するように造ってあるのには別の理由もあるのだとは思いますが。
それよりなにより、九段下駅で「壁」を隔てて実は同じホームだというのは、都営新宿線の「新宿方面」と半蔵門線の「押上方面」のホームです。
路線図を見れば一目瞭然ですが、新宿線で本八幡方面からやってきて、半蔵門線の押上方面へ乗り換えるのは来た方向へ戻るようなもので、果たしてどれだけ需要があるのか聞いてみたいものです。
#仮に同じ東京メトロ線だとすれば、そもそも九段下〜神保町が折り返し乗車となって、認められない乗り継ぎになる
半蔵門線→新宿線への乗り換えを想定しても、市ヶ谷・新宿三丁目・新宿へは手前の永田町や渋谷で有楽町線や丸ノ内線、副都心線に乗り換えれば行くことができるので、九段下駅で乗り換えるのは「遠回り」となります。
恩恵を受けるのは半蔵門線に渋谷方面から乗ってきて、新宿線の曙橋駅へ行く人くらいでしょう。これだって、逆のルートはどのみち階段の昇り降りを伴うのです。……「大山鳴動してネズミ一匹」とはこのことを言わずに何を指して言うのでしょうか。
副知事が何を目指したいのかが分からないので、なぜ「都営地下鉄と東京メトロ」で経営統合させたいのかが分からない主張であり、一冊であります。
別に、“山手線内での営業を許された鉄道”という尺度なら一元化する相手はメトロじゃなくても「都営地下鉄とJR東日本」だっていいはずですし、三社一元化を目指したっていいかもしれません。
また、路線としての実態を鑑みれば「都営新宿線と京王電鉄」「都営三田線と東急電鉄」「都営浅草線と京成電鉄・京急電鉄」「都営大江戸線と東京メトロ」だっていいと思うんですよね。
首都をつかさどる地方政府のナンバー2として、どんな展望を思い描いているのか、それを一切明かさずにやたら東京地下鉄株式会社をスケープゴートにして「九段下の壁」だの何だのと騒ぐだけなのは、この人が道路公団を民営化させて「実は永久に無料にならない」仕組みをつくったのと同じように悪質です。
社宅の家賃に至っては
メトロの社宅に41平方メートル2DKで家賃10300円というものがあった。梅崎社長は世間相場をご存じないようだ。
「恐縮ですが、一万円というケースというのは他社にもありまして、非常に古い施設ですね。ですからメトロだけということではないと思います」(タカハシ注:梅崎社長)
いいえ。メトロだけです。(73ページ)
いいえ、「社宅」や「公務員宿舎」としての世間相場をご存じないのはむしろ副知事でしょう。
誰のための地下鉄か。職員のための地下鉄か。(60ページ)
いや、いろいろな方面から漏れ聞く限りでは、メトロの社員はかなり歯を食いしばって働いているようですから、がんばった分の賃金と福利厚生はあっていいと思いますよ。