メトロ一日乗車券を使う

 東京メトロの一日乗車券は710円で、ちょっとした距離を2〜3回往復すればこちらの方が安くなります。

 この日は、靖国神社で9時と16時に2度待ち合わせをしたのと、その間に何時間かあったのでずっと一人で靖国神社にいるなどということもありえず、この一日乗車券を買いました。

 一日乗車券なんて、小学生のころにスタンプめぐり(当時はスタンプ「ラリー」とは言わなかった)をしたときくらいしかお世話になったことはありませんが、710円で都心をスピーディに縦横無尽に移動できるのですから便利なものです。

 安さでいえば都営バスの一日乗車券は500円で、路線網の充実度は地下鉄をはるかに上回りますが、地下鉄に比べれば移動に時間がかかるのが難点です。時間に余裕があるときはこちらでしょうか。


 さて、まずは大手町駅から九段下駅までを往復。320円分。

 午前中をともにしたHN藩主さんを見送り、ふたたび九段下まで。160円分。

 13時過ぎの靖国神社を30分ほど眺め、九段下駅から半蔵門線に乗ります。(押上まで190円分)

 就職するまで25年間を毎日浦安で過ごしていながら、東京メトロでまだ乗ったことがない区間があるので、それに乗ってみようと思ったわけです。

 すでに時計が13時半をまわっていることから、履修できるのは半蔵門線の押上までと千代田線の綾瀬〜北綾瀬だけになると思いますが。


 さて、やってきた電車は清澄白河止まり。
 それでも、よく使っている九段下駅でさらに5分待つのもなんなので、ひとまず清澄白河まで。

 清澄白河駅は渋谷方面からの電車が3本に1本程度の割合で折り返す駅なので、そういう配線かと思いきや、単に島式の1面2線。回送電車は押上方面に引き上げて行き、そちらに折り返し用の引き込み線があるようです。

 JRの南船橋駅なんて、武蔵野線の折り返すホームが時間帯によって違ううえ、それによって京葉線の蘇我方面や東京方面への乗り換えは階段の上り下りを余儀なくされたりするので、こういうスタイルのほうが便利なんだなぁと感じます。
……まぁ、一度ああやって造ってしまったものを造りかえるというのは簡単なことではないでしょうけれども。

 次の電車は南栗橋行き区間準急。
 そういえば東武線直通は区間準急しか見たことがなく、時間帯にもよるのかもしれませんが、押上行き、清澄白河行き、南栗橋行き区間準急の繰り返しなのでしょうか。

 押上まで乗るのは初めて……だったよな、と思いをめぐらせると、よく考えてみれば就職活動で京成電鉄を受けに来たとき、押上から半蔵門線に乗ったのを思い出します。(当時の日記


 失敗したなぁと思いつつ、次に乗るのが千代田線ならそのまま東武線に入って北千住へ行ったほうが早いな、と考え直します。押上〜曳船は初履修ということになります。

 一番後ろの車両に乗っていたので、押上で乗務員が交代するのが見えます。

 乗務員室には車掌さんが2人、うち1人はかなり若いので見習いでしょうか。
 客室には1人、おそらく便乗と思しき白服の車掌さんです。白服ということは特急に乗務される方でしょうか。だとすればJRと同じです。

 東武といえばJRや京成にならんで社員の態度がよくない会社、というイメージがありました。
 以前はバッジに名前が入っていなかった(「車掌」としか書いていなかった)はずが、今は名前が入っているほか、「タイムよし」「出発進行」等々の声も聞こえてきて、この電車に乗っている限りは好印象でした。

 曳船には浅草からの準急電車と並走して到着。どういうダイヤなのかよく分かりませんが、準急よりも先に発車します。

 カーブが多くてあまりスピードは出ませんが、小さいけれどホームは長い駅を次々と通過。「鐘ヶ淵」という駅を見て、ああ、あのカネボウ発祥の地だなぁ、と思ったり。


 さて、北千住に到着して困ったのは運賃精算。
 北千住の東武線ホームには日比谷線も乗り入れるほか、千代田線との間には連絡改札がありません。メトロの一日乗車券で東武に乗ったのにこのまま出られてしまいそうです。

 半蔵門線と千代田線は表参道で改札なしにつながっており、入場記録だけで判別することも難しそうです。(通常の乗車券なら大手町で環状線一周になって無効ですが)

 案内表示にしたがって千代田線の方へ進み、一旦出口を出てみると、やはりそのまま出られてしまいました。
 パスネット導入時もこれは問題になっており、いったいどう処理しているのやら気になります。

 このまま東武線運賃をごまかすのも釈然とせず、逆方向ではあるものの北千住から押上までのキップを買っておきました。

 さて、千代田線で綾瀬へ移動し、北綾瀬行きに乗り換えます。(綾瀬で一旦改札を出たので、北千住〜綾瀬130円分、綾瀬〜北千住160円分)
 0番線はホームドアが取り付けられており、どうやらこの区間はワンマン運転のようです。

 やってきたのは5000系アルミ車。
 どういうワンマン構造になっているのか気になります。


 綾瀬方の運転台をちょいとのぞいてみると、ブレーキハンドルは取り外せないように改造してあります。それに、「ATO」という文字も見え、もしや5000系にATOを取り付けたのか…と、こんどは北綾瀬方の運転台の後ろに陣取って発車を待ちます。(←マニア)

 ドアは車掌スイッチで閉め、運転士が席に座り、マスコンハンドルを左手で押さえて右手でボタンをポチッと押すと電車が動き出します。そのあと右手はユルメ位置のままのブレーキハンドルを握ります。
 私鉄車両の大半のデッドマン装置は運転士がマスコンハンドルから手を離したとたんに非常ブレーキがかかるしくみで、それでマスコンを押さえているのでしょう。

 南北線のATOはどうだったかなというと、全区間地下なので幕が降りておりよく見えなかったのであまり思い出せませんが。

 左手も右手も動かさずに、ただ信号確認だけ声に出してする(信号は車内に表示されるからか指でささない)のも退屈そうです。おまけに左手は離したとたんに電車が止まってしまうので動かすわけにもいきません。まぁ、ひと駅ですからそのくらいは、ということなのでしょうか。

 北綾瀬に到着。電車が止まるとブレーキハンドルを非常位置にして空気が一度に抜ける音がします。ドアを開けるのは運転台にあるボタンで。

 一度駅を出てみようかと思いましたが、すでに15時です。この区間は1時間に4本で、2分後に折り返してしまう電車を見送ると次の電車はおよそ15分後。平日だというのに貯金通帳を忘れてしまったので駅を出たところですることもなく、このまま折り返すことにしました。


 北千住で日比谷線に乗り換え、仲御徒町駅で降りて出口の目の前にある多慶屋へ。目当ての品物は品切れで期待はずれでしたが、今日は地下鉄が乗り放題なので損した気分にはなりません。(北綾瀬から仲御徒町まで190円分)

 再び日比谷線に乗って茅場町で東西線に乗り換え、九段下駅に着いたのはちょうど16時。(仲御徒町から160円分)

 高校時代の友人2人と靖国神社の遊就館を眺め、後から合流する3人目との待ち合わせ場所、秋葉原駅へ移動。(160円分)

 本当は九段下から秋葉原だと、都営新宿線で岩本町駅へ行くのが便利です。ただ、2人にとっても都営が170円のところメトロは160円なので、乗り換えの面倒はあったものの付きあってもらいました。


 秋葉原で数か月おきにこのメンバーで開催している同窓会(というか、この仲間うちの掲示板のオフ会)のようなものを4人で開き、その後は東海道新幹線で帰る友人を見送りにJRで東京駅へ出て、雨も降っていたので浦安駅から歩くのも難儀でそのままJR線で新浦安へ戻りました。

 3人のうち、新幹線に乗る1人は都区内からのきっぷですし、1人はこの区間の定期券を持っており、残る1人もJRが130円のところメトロは乗り換えを要するうえに160円なので、私がメトロの一日乗車券を持っていても、このときばかりはJRでした。

 さらに浦安との行き来にメトロ東西線を利用すればもっと得だったでしょうけれども、じゅうぶん活用して楽しむことができたように思います。結局、1470円分乗りました。

 次に平日休みでヒマな日があれば、こんどは貯金通帳片手に遊んでみたいものです。


 唯一、難点といえば、自動券売機で買うと普通のきっぷと同じ小さな券になってしまうので、何度も出し入れするには使いにくいことでしょうか。

 定期券売り場で買えば定期券と同じサイズで発行されるようですし、都営地下鉄のように自動券売機でもプリペイドカードと同じ磁気カードで発行できるようにするとなおのこと便利だと思うのでした。

author by よんなん
- | trackbacks (0)

終戦記念日の靖国神社

IMGP1291.jpg

 お盆休みがある職場にいるのはおそらく今年が最後だろう、ということで、終戦の日の靖国神社へ行ってみました。

 あとで報道を見ると、例年なら7万5000人程度の参拝客のところ今年は20万人が訪れたとか。

 率直な感想は、外野が多すぎて「靖国で会おう」と約束した当時の人たちや、遺族の方々、それに「英霊」の皆さんがむしろ気の毒だ、ということです。

 それと、各メディアでは「終戦の日」ばかりクローズアップされますが、特に個人的な思い入れのない人が特定の日にお参りをするのであれば、むしろ「みたままつり」や「例大祭」のほうが趣旨にかなっているのではないかとも思いました。

 私自身、親族に戦争で直接命を落とした人がいるとは聞いたことがありませんので、上記の方々と比べれば外野の部類に入ります。



 よんなん総研のBBSに「藩主」などのハンドルネームで書き込みをしてくれる早大鉄研時代の友人と9時に九段下駅で待ち合わせたほか、16時には高校時代の別な友人と待ち合わせ。

 東西線を九段下駅で降りて待ち合わせの1番出口へ向かうと、すでに帰って来る人と大勢すれ違います。
 遅すぎたかなと思いつつ藩主と落ち合い、靖国神社へ。

 その道すがらで何やら配布している人がいるのでもらってみます。
 てっきり、靖国神社の示す歴史観に同意できない立場の人たちの主張かと思いきや、むしろ逆で、いわゆる保守的な主張をされる方々の新聞やらチラシやらそんなのでした。

 境内に入ると、右翼と思しき格好をした人たちもちらほら。
 靖国に参拝する地方議員の会だとかの幟も見えます。

 とはいえ、そんな人ばかりというわけでもなく、人の数だとか“客層”を見ると初詣の神社から晴れ着の人を引いて右翼のような格好の人を足した感じです。右翼の格好を至近距離で見ることは日常ではまずないので、人数の絶対数はそれほどでもなくても目立ちます。


 せっかく神社へ来たのでおみくじを引き、人々に混じってお参り。
 これだけ人がいればいろいろなお参りがあるようで、お経を読んでいる集団も見受けられました。


 さて、早大鉄研会員(OB)にとって靖国神社の「ご神体」といえば、バチ当たりにも英霊ではなく境内に飾ってある蒸気機関車。
 もともと北陸地方を走っていた機関車で、戦時中にタイへ送られ、戦後もタイ国鉄で1977年(昭和52年)まで活躍し続けたものが、現役を引退するときに関係者の手を通じて靖国神社へ寄付されているのです。

 私は靖国初体験ですが、以前来たことがあるという藩主について以前飾られていた場所へ行ってみれば、そこには(藩主が来たときにはまだなかった)話題の「遊就館」が建っています。
 入館料は800円。私はあとで待ち合わせをしている面々と来るつもりで、藩主にも入る気はなかったようなのでひとまず退散。

 境内にあった食事処で「靖国うどん」「靖国そば」(ともに800円)なるものを2人で賞味。
 冷房もなく、セミの鳴き声が響き渡るなか、ホーローの冷水器から注いだ水を飲みながら食べるそばの味は、古き日本を思い起こさせます。この値段の付け方や、味のレベルなど諸々を含めて。

 テーブルの隣では、珍走団(暴走族)の特攻服と見まごうばかりの格好をした右翼とおぼしき人たちが、お年を召したこの食堂のおばさんと和やかに話しています。
 別におばさんがこの人たちに賛同しているとかいうのではなく、ただ単に常連さんだから顔見知りだということなのだと思います。


 2時間ほど境内にいたものの、テレビでよく流れるような、プラカードを持って「反対反対」と主張する人たちを目にすることはできません。

 一方、やはりテレビで見たことのある旧軍の格好をした人もちらほら見受けられますが、どう見ても歳格好からして当時の人たちには見えません。単にそういうのが好きなのか、特定の主張を持った人たちなんだろうな、というイメージです。それでも、そういう人たちは目立ちますから、カメラを持った人たちは集まります。国内外のテレビ局や通信社、新聞社の腕章などをつけた人たちも群がっています。


 11時ごろ、次の用事があるという藩主とともに一度靖国神社をあとにします。
 帰りがけには法輪講と思しき人たちが機関紙を配っていました。(彼らは皇居一般参賀のときにも周辺で見かけました)


 再び訪れたのは13時ごろ。
 主要閣僚が参拝するのは午後からだ、とのことで、午前中には見られなかったプラカードの集団も見ることができるかもしれません。

……と思ったものの、人はさっきより多くなっていたほかは、特に先ほどと変わりなし。

 よく見れば、参道への入口の車道は警察が封鎖しており、デモ隊が入れそうな雰囲気ではありません。そんな状況下ではそういう人たちも来ないのでしょうか。

 とはいえ、あとで報道をチェックすると、神社近くで警官をひじで突いたとかプラカードで殴ったとかいう騒ぎがあったようで(読売新聞の記事)、どんな様子だったのかなぁという気はします。


 そのほか、やはり旧軍の格好をした人は目立っています。
 先ほど同様、どう見ても当時の人には見えない年恰好の人が多く、なかには子供にそういう格好をさせている人までいたり。

 きっと何らかの主張をお持ちの方なのかなぁと思うのですが、赤十字の看護婦の格好をした男性(と見受けられる)まで出現となれば、オタクイベントのコスプレと同類の気がしてきます。

 なお、この方、後日の東京新聞に取り上げられており、お名前や話の内容からして女性の方だったのかもしれません。


 境内で開催されている集会では、民主党の国会議員による勇ましい演説が行われています。


 30分ほど滞在して再び靖国神社を後にし、16時に高校時代の友人と合流して再び訪れました。

 境内の集会は終わりに近づいて、入手したプログラムによれば「みんなで『日本の歌』の合唱」のところ。「♪うさぎ追いしかの山〜」なんて歌っています。
 合唱ですから皆さん立っているのですけれども、中には座って歌わない人も。やはり何がしかの主張をお持ちの方なのでしょうか、あるいは(歌っている歌が歌ですし)ただ単に暑さで疲れただけなのか。


 親類が祀られているという友人がお参りを済ませるのを待ち、遊就館へ。
 大人800円ですが、大学生・高校生500円(夏休み中は中学生以下無料)。私は上の写真に写っている某大学通信課程の科目等履修生(=大学生)なので券売機で500円の入場券を購入。
 学生証の提示は特に求められず、この日は来館者が多いからか入館者の良心にまかされているようです。

 先ほど見られなかったSLはエントランスの無料スペースに置いてありました。それを横目に入場。

 中世からの日本の戦について人ごみに混じって見ていきますが、どうしても明治維新以降の記述に注目してしまいます。

 「南京事件」「便衣兵の摘発」という記述には、確かに特定の歴史観をお持ちの方が目を三角にしそうです。私も、これまで読んだことのある歴史書には書いていなかったことが書いてあったり逆に習ったことに触れられていなかったりして、少々衝撃を受けます。

 どれが正しいとか誤りとか、というのはさておいて、靖国神社の歴史観はこうですと示すこと、それを知ろうとすることは決して悪いことではないと思います。それに、この神社を訪れて一通り手を合わせた=この歴史観を全面的に支持している、という論理もおかしな話と思います。


 一日あちこち出歩いてすでにへとへとだったのと、閉館時間をすでに過ぎていたこともあって、かなりの早足で出口を出ました。

 公式サイトの「展示概要」にもある大砲やらの展示はわずかで、どちらかといえばやはり記述のほうがメイン…というか、この状況ではどうしても注目を集めてしまうように思います。

 それなら、わざわざ足を運んで入館料を支払わないと見られない(読めない)のもどうかなと思います。
 書籍にして販売してもいいでしょうし、Webサイト上に公開してじっくり読んでもらっては、と私は思いました。


 まぁそれにしても、どうせ来るならやはりすいているときに来たいな、と感じました。
 きっと、「英霊」に直接の思い入れのある方々にもこの日に静かに参拝したいと思う方は少なくないでしょう。そうした方こそこの場所では主役であるべきなのだと思うのですが、どうも靖国神社当局も含めて外野ばかりが目立ち過ぎるなぁ、という印象を持ちました。

 私ですか? 私のような「一目見たかった」というだけの者も今日は多かったはずで、次回来ることがあるとすれば、反省の意味も込めて私のような外野の者はこの日を避けてお参りしたいと思います。

 この日は靖国神社のお祭りの日でもなんでもなく、偶然、戦争の終わった日が、お盆という仏教から広まった民俗行事と重なっているだけなのですから。

author by よんなん
- | trackbacks (0)
  1. 無料アクセス解析