再・江戸東京たてもの園

IMGP1953.jpg 会社の事務手続きと、行きつけの歯科診療所での定期健診のついでに、再び江戸東京たてもの園へ足をのばしました。

 前回は雨模様で時間もあまりないなかほとんど見られませんでしたが、きょうは着く頃には午前中の雪がウソのような快晴で、3時間くらいじっくり見て回りました。

 一番気に入ったのは、写真の「前川國男邸」。

 面積は決して広くないのに、居間の吹き抜けと大窓の開放感と、狭さを感じさせない寝室・書斎・台所・風呂・便所・ロフトが満足に確保できているのが、素人目にもすごいです。

 しかも、これを戦争中の物資統制下で建てたっていうんですから。

 「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」は戦意高揚の標語でしたが、そういう目的ではなく、純粋に技術屋として頭の片隅に置いておきたい言葉だと思います。

 あと、自分は建築を専門に勉強したわけじゃないので「なんとなく」でしか分からないんですが、神社建築の「神明造」に通じる(らしい)左右対称の形も、惹かれるものがありました。


 で、鉄道マニアとしては、住宅開発の歴史は鉄道……というか郊外電鉄の歴史でもある、というところも着目点でしょうか。

 東武の常盤台、田園都市会社(=のちの東急)の田園調布の家も復元展示されています。


 目を見張るのは「三井八郎右衛門邸」。

 三井財閥解体後に新しく建てられた三井家の本邸で、広い台所に広い食堂、ふすま一枚一枚に描かれた絵といい、戦後の「財産税」で相当持っていかれた資産(あとでWikipediaで調べたら1500万円以上の資産家は税率90%だって!)の残りを集めに集めて建てたという家に圧倒されていたら、ボランティアガイドの方が

「(たてもの園の)敷地に収まらないので居間や台所などは復元しなかったんです」

って、あの広い台所は「お客さんが来たとき用」の“2つ目の台所”だというから驚きです。

 こうして家の建物を寄贈して、今はどこでどうして暮らしていらっしゃるのかは知る由もありませんが。


 戻る途中でまた前川邸を通り、あぁ、やっぱりこういう家のほうが身の丈に合っていそうだなぁ、と思ったのでした。

 ……って、前川邸すら、いま住んでいる(かなり広めの)マンションよりさらに広いですが!


 それはそうとマンションといえばコンクリート建築物ですけれども、木造・レンガ造りと違って、曳き屋でもしない限り、解体・復元ってかなり難しいですよね。

 50年くらいに後になって、「公団住宅」などは建物まるごとではなくモデルルームのように復元されるんでしょうか。
author by よんなん
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