お客さまは「王様」ですが…

 「お客さまは神様です」とは三波春夫の言葉ですが、実際には「王様」と言ったほうが的確ではないか…という方がいました。

 神様は決して下々の者に無茶を要求しないに違いなく、王様なら中には暴君のような人もいるだろう、ということだとか。

 うまいこと言うなと思ったものです。

 きょうセントラルの玄関で、「入会の資料があったら欲しいんだけど」と、両手をポケットに突っ込んだ「上から目線」でスタッフに告げる30代くらいの男性がいました。

 どこぞの社長さんか成金か、という態度ですが、身なりはそうでもなく。

 …いくら客と従業員の関係とはいえ、人に物を頼む態度ってものがあるだろうよ、と(同じ客の立場として)思うのです。

 どこかの鉄道会社みたいに、どっちが客だか分からないような場面で怒っているならともかく、セントラルスポーツの従業員はよくやっていると思うのですけれども。


 第三次産業に従事する人が3分の2を超える(平成17年度国勢調査)この世の中、プライベートでは消費者でも出勤すればサービス業の従業員、という人が大半のはずです。

 小学校の先生じゃありませんけど、「自分がされて嫌なことを他人にしてはいけません」って言葉がそのまま当てはまるケースでしょう。


 もしかしたら、社会人になる前はそんな人じゃなくても、就業してからお客さま応対をする中で、「消費者はここまで強い立場で出ていいのか」と妙な勘違いをしてしまう人もいるのかも分かりませんが。


 話は少し変わって、新聞を賑わせている北海道の食品加工卸会社の話。

 社長が「冷凍食品を半額で買う消費者も悪い」と“暴言”を吐き、息子の専務が撤回したそうです(読売新聞の記事)が、商品を適正価格で買わないと粗悪品が出回るのは当然の帰結だと思います。

 かつて北海道の乳業メーカーが同じように問題を起こしましたよね。牛乳だってスーパーマーケットでは特売品の代表みたいな商品です。


 じゃぁ、メーカーや流通が何の工夫もしない物価高の世の中を容認するのか、といえばそんなことないんですけど、実は消費者が寄ってたかって虐めているのはどこかのお金持ちでもなんでもなくて、ああいう零細企業だったり、普通のサラリーマンだったりするんだよな、とふと思うのでした。
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「愉快なり」考

 早稲田大学の応援の中で「愉快なり」という応援歌(?)があります。

(「うさぎとかめ」のメロディーで)
♪ああ愉快なり 愉快なり
   ああ愉快なり 愉快なり
 ああ愉快なり 愉快なり
   ああ愉快なり
        愉快なり
(繰り返し)

 早稲田大学が野球で10点以上の大量得点差をつけたり、一度に4〜5点を奪ったりすると「紺碧の空」や「ミニ校歌」に続けてやることが多いです。

 10点差をつけられたり、一度に何点も取られて意気消沈しかけている相手校の応援席にしてみれば、悔しいというか腹立たしいというか、そんな声も耳に入ってこなくはありませんが、やってるこちらは愉快このうえありません。


 ところが、考えてみると、「コンバットマーチ」を始め、ほぼすべてがオリジナル曲の早稲田大学の応援で唯一の替え歌です。

 一部の高校でも使われているらしく、私が早稲田の応援席で初めて経験したのは確か大学院2年の時だったので、もしや、当時のリーダー幹部が高校時代にやっていた応援スタイルを持ち込んだのでは…と思っていました。
(バンカラで知られる盛岡の高校では、はるか昔から続いているとか)

 楽しいのはよいけれど、アマチュア野球はもちろん一部のプロ野球の応援スタイルに影響を与えてきた東京六大学野球の応援で、“逆輸入品”を早稲田が使うのってどうなの、と。

 確かに、この応援歌を使わない年もありますし。
(その年のリーダー幹部の考え方によるようです)


 で、少し調べてみたら、「ビバ・ワセダ」の作詞者、牛島芳氏(故人)が著した『応援歌物語』という本に、早稲田の応援歌すべてについてその成り立ちが記されている、と知って、この本をあたってみることにしました。

 1979年(昭和54年)に出版されたというこの本はすでに絶版で、どういうわけか国会図書館にも納本されていませんが、早稲田大学図書館で5冊収蔵しています。

#国会図書館も、早稲田大学図書館も、Web上で蔵書が検索できるので便利なものです。

 きのう、都内へ出たついでに、早稲田大学図書館へ。
 校友(=OB・OG)は、貸し出しは受けられませんが、入館と閲覧ができます。
(学生時代に使い残していたコピーカードを持って行ったら、使えました……当たり前ですが)

 すると……載っていました。「ああ愉快なり」。
 同時期に使われていたらしい「見よや早稲田の健男児」(←これも既存曲の替え歌)という応援歌とあわせて紹介されています。

 我々は「愉快なり」と呼んでいましたが「ああ愉快なり」が正確のようです。

 写真も載っていて、キャプションには「大量のリードを奪って『ああ愉快なり』を歌う応援部員(昭和31年春 早慶戦)」とあります。

 この二つの応援歌は、大正末期から昭和二十年代にかけて、盛んに使用されたものである。
(中略)
 これらの歌がいつから使用されるようになったかは定かではない。しかし(中略)『ああ愉快なり』が、童謡『うさぎとかめ』(納所弁二郎曲、明治三十四年七月幼年唱歌として発表したもの)であることを考えると、早慶野球戦が復活した大正十四年ごろから歌われるようになったらしい。
(中略)
 なお、『ああ愉快なり』は、帝大と商大(今の東大と一橋大)の対校ボート・レースで流行っていたものを拝借したといわれている。

 大正時代の応援歌は基本的に軍歌や民謡の替え歌だったそうで、早稲田大学オリジナルのものは昭和に入って、第一応援歌「競技の使命」からのようです。

 今は「紺碧の空」を「第一応援歌」と紹介していることがありますが、使われる順番ではなく作られた順番で「第一、第二…」とつけていたようで、入学時にもらえる歌集にも「紺碧の空」は「第六応援歌」と書いてあります。
(ちなみに「天に二つの日あるなし」は第三応援歌)


 ともかく、大正時代までさかのぼる応援歌のようで、どうやら高校野球からの逆輸入ということではなさそうです。

 今でも伝統的に続けている高校も、おそらくは同じあたりの時期に何らかのきっかけで取り入れたのではないでしょうか。

 早稲田も、はるか昔には替え歌だけで応援をやっていたんですね。

 私が大学院2年の年といえばちょうど早慶戦100周年で、そういえばあの年は「昔やっていた応援」をいくつかやりましたっけ。「愉快なり」はその一環で復活したのかもしれません。

 この本には東大や一橋大が先にやっていたと書いてありますが、東大はこの応援をやりませんね。もう残っていないのか……仮に残っていても、東大は目下40連敗中ですからやる機会もないのでしょうけれど。


 この応援歌のほかにも、ダイナマイトマーチに至るまで、あらゆる応援歌に言及されていて、衝撃の事実がいくつかありました。

1.現在使われている「紺碧の空」の前奏は古関裕而オリジナルではなく、試合の進行に合わせるために応援部の依頼で牛島芳が昭和33年に編曲したショートバージョンである。
(オリジナルの譜面も掲載されています)

2.「ダイナマイト・マーチ」で現在「♪がーんばれ がーんばれ がんばれ早稲田」とついている部分は、掲載されている譜面では「ワセダ ワセダ ケイオーたおせ」になっている。
(昭和末期にやっていたらしい守備中の「ピンチパターン」で歌詞を変えたのでしょうか?)

3.「コンバット・マーチ」の譜面には、拍手のタイミングが載っている。
(当初は手をを叩いていたらしい…が、この前みたいな速いテンポではなく、プロ野球応援などの「× × ×××」に近い)

4.「早慶賛歌」はCDや歌集では単に「早慶賛歌」として収録されているが、「花の早慶戦」が曲のタイトル。「早慶賛歌」は「応援歌 紺碧の空」の「応援歌」と同じ位置付けで、「早慶賛歌 花の早慶戦」ということになっている模様。それと、「華の早慶戦」ではなく「花の早慶戦」。
(確かに、リーダーは現在でも「(前略)歌わんかな〜 早慶賛歌ー 花のー早慶戦ー」って言ってますから、「元気よーく 応援歌ー 紺碧の空〜」と対比すれば、同じだと合点できます)

5.「永遠なるみどり」は、冒頭にJRの特急列車名が5つも登場するが、作詞当時のエピソードでは当時の国鉄や鉄道に触れておらず、まったく関係ない模様。(当たり前)


 早稲田の応援歌には、慶應義塾の応援歌に対抗して作られたり、慶應義塾と共同で作られたものもあるので、一部慶應義塾の応援歌についても記述があります。

 マニアであれば、少なくとも半日はヒマをつぶせる本だと思います。

 在学生や教職員には貸し出しをしていますが、中央図書館2階の参考図書コーナー(禁貸出)にも1冊あるので、バッティングさえしなければ、必ず読めます。
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とんかつ「とんき」

IMGP3621.jpg きょう、2年前にNHKのアナウンス教室で一緒だった人と久しぶりに会うことになり、目黒の「とんき」へ行ってみました。

 目黒から東急線で1駅目の不動前にある中学・高校に6年間も通っていて一度も来たことがなかったお店です。

 それもそのはず、ロースカツ定食1650円(ヒレカツ定食も同じ)、と、結構いい値段なんですね。縁がなかったのも分かります。

 とんかつ屋というと、水道橋の「いもや」は高校生のころからたまに行ってますけど、あそこは「とんかつ定食」700円、「ひれかつ定食」900円ですから。


 1階がカウンター席で、テーブル席は2階。
 カウンター越しに見られる職人の手際のよさも見ものだそうですが、今回はだらだらとしゃべりたかったので2階席へ。

 写真はロースカツ定食に串カツ(1本350円)をつけてもらったもの。
(「串カツ」という割には、串に刺さってませんでしたが)

 とんかつ屋にしては茶碗が小さすぎるんですけど、ご飯とキャベツはおかわり自由です。


 残念ながら、しゃべるのに夢中で味がよく分からなかった…というのが正直なところなんですけど、どうなんですかね、とんかつというのは分厚すぎてもおいしくないのかな〜、という印象をもちました。

 ここのとんかつは結構厚いんですよ。1.5〜2cmくらいあったのではないでしょうか。
 あの小さい茶碗でごはんのおかわりを1回しかしなかったのに、食べごたえは結構ありました。


 次回は一人か、普段から会っている人(特段に話すこともないような人)と、1階のカウンター席で職人の動きを見ながら黙々と食べてみようと思います。
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久々の馬場歩き

IMGP3617.jpg 早稲田大学の図書館へ行った帰り、時間に余裕があったので高田馬場駅まで歩くことにしました。

 図書館からグランド坂を上がって、「社学通り」「ブー通り」と呼ばれる、早稲田通りから1本入った道(写真)を歩きます。

 名前の由来は、社会科学部が夜間学部だったころ、昼間の学部の学生が早稲田通りを歩いて高田馬場方面へ飲みに繰り出すのに対して社学生が1本裏のこの道を歩いてキャンパスに向かっていたからだとかどうとか。

 それと、もう一つの名前は、高木ブーの家がこの通りにあることから。

 社学通りが終わって早稲田通りに出ます。
 今年の5月までモスバーガーが沿道にありましたが、もぬけのからです。

 6月4日の優勝パレードのときは、「祝 優勝 モスバーガー高田馬場二丁目店」という横断幕を出して、店舗跡からオーナーの家族と思しき人たちが手を振っていましたが、あれを最後に退去したのでしょうか。

 早稲田通りと明治通りとの交差点の近くにあったはずの「清開堂」というパン屋がなくなっているのに軽い衝撃を受けて、高田馬場駅近くへ。

 かつて「喫茶白ゆり」という、午前5時まで営業している喫茶店がありました。

 終電を逃した早大生の居場所の一つだったと記憶していますが、すでに別の貸し会議スペースになっています。(2年前に閉店したとか)
 このご時世、インターネットカフェとか、他にも居場所はあります(早稲田大学22号館には、24時間オープンの端末室もあります)し、「白ゆり」も役目を終えたということなんでしょう。

IMGP3618.jpg あと「俺んち」という居酒屋が廃業した(人手に渡って「人んち」になったとか)とは耳にしていましたが、今はその跡に「わたみん家」が入居しているんですね。

 ワタミの担当者は、前に「俺んち」という店があったのを知っていて「わたみん家」を入れたのかどうか…。

 写真だけ見ると、上に「和民市場」があって和民ビルのような様相ですが、地下にある「祭ばやし」は従来どおりで、ここだけ和民系列ではないです。
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最近の明け

 1か月ほど前までは、泊まり勤務を終えて帰ったあとにもう一度寝ても、夕方には目を覚ましていたと思うんです。

 それが、ここ何回か、目を覚ましたら20時とか21時とか、そんなことが続いています。
この日とか)


 21時とかに起きたって、業務スーパーやカインズホームなどは20時とか21時には店を閉めていますから、買い物にも行けません。

 ベルクやフレッセイは0時とか1時まで営業してますけど、目当ての商品(フレッセイのPB低温殺菌牛乳など)が品切れだったりすることも多いですし。


 結局、平日の午前中に仕事が終わっているのに、完全に無駄にしているわけです。

 どうやら、一旦帰宅したが最後なので、仕事の帰りに寄り道をして活用するしかないようです。……それでも、帰って早く寝たい、という気持ちがマンマンなんですけど。
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氷晶

 サンガリアから、凍らせて持ち歩けるペットボトル飲料が発売されていて、ローソンなどで見かけるようになりました。(公式サイト

 商品の存在は去年あたりから知っていたのですが、先日の早慶戦の3日目に初めて買いました。

 ちなみに発売開始は2003年だそうで、関東進出はいつのことか分かりませんが、私が社会人になるころにはすでに売られていたことになります。

 その時は何本か買って、早慶戦2日目で売り子さんから冷たいウーロン茶を買って私にくれた方などに差し上げたところ、なかなか評判がよく、大学選手権では「買って来れる?」と事前にメールが舞い込んだほどでした。

 私が把握した範囲では、ローソンやファミリーマートの一部店舗で取り扱っているようですが、それでもすべての店に置いてあるわけでもないようです。


 仕事中も、去年までは冷やしすぎの飲み物はよくないと思って(実際そうなんでしょうけど)常温のミネラルウォーターなどを持ち歩いていましたが、今年は出勤途上でこれを買ったり自分で冷凍したりして冷たいのを飲むようになりました。

 冷蔵タイプ以外のペットボトル飲料というと、暖めるタイプのペットボトルもサンガリアが最初でしたし、いずれ他の大手メーカーも追随するのかな……という気もするものの、すでに発売開始から4年経っているところを見ると、これは大きな流れにならないのでしょうか。


 先日の大学選手権の行きがけに立ち寄った、西早稲田の三品食堂では「ウチもペットボトル凍らせて売ろうか」なんて言ってたくらいですから、欲しい人はいると思うんですよね。


 とはいえ、コンビニでも扱わない店があるほどですし、主要な購買層と思われる、冷蔵庫や自動販売機のないところに長時間いるような環境の人って、少数派なのでしょうか。

 きっと、買うのは、神宮球場にペットボトルを持ち込んでしまうような我々か、出先でその都度冷たいのを買わないで済ませたい節約派(それこそ学生とか)に違いなく、メーカーにとってもあんまりおいしくない市場なのかもしれません。
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コンバットマーチでのメガホン

 コンバットマーチでのメガホンは、叩くのではなく前後に振るんですよ。ひたすら。

 「コンバットマーチ」は早稲田大学の代表的な応援曲のひとつです。

 コンバットマーチの間は、メガホンは前後に振るものなんですが、早慶戦のときは「早慶戦の時にしか神宮に来ない」人が多いので、知らない人が他の応援曲と同じように曲に合わせて叩いているのが見受けられます。


 例年なら、これって早慶戦の時くらいだと思っていたんですが、今年はどうしたことか、大学選手権でも「コンバットマーチでメガホンを叩く人」がかなりの割合を占めていました。

 東京六大学リーグ戦じゃなくて、大学選手権にまで応援に来る人って、これまでならコアな部類に入っていたんですけどね。

 そうした、コアなはずの面々ですから、「早慶戦の時しか来ない」ような人とは違うはずで、今シーズンはほぼ毎試合来ていたのではないかと思うんです。

 なのに、対関西国際大学戦も、対創価大学戦も、ブラスバンドの内野寄り(=行列の先頭がまず誘導される一角なので、比較的熱心な人がいるはずの場所)の一区画はほぼ全員がコンバットマーチでメガホンを叩いてましたね。


 おそらくは、話題の新人投手か何かがきっかけで今シーズンから神宮に通いだした人たちなんでしょう。

 例年なら「従来から来てる人>通い始めた人」に違いありませんが、今年は「通い始めた人>従来から来てる人」だったのかもしれません。

 そうすると、何も知らない人が集団でやっていたことが多数派になって、いずれスタンダードになってしまいそうです。

 本当なら、左右のブロックに一人ずついる応援部の2〜3年部員がリードするんですけど。
 今年はリーダーの3年部員が1人しかいないので、2年生には難しいのでしょうか。

 あの場所の2〜3年部員のリードと言えば、最近は「あと一人」「あと一球」コールをやめさせませんね。(一時期、「あと一人」コールが始まると違う掛け声をやってやめさせていた)


 …まぁ、私も神宮に通い始めたころはブラスバンドに近いこの場所で応援したくて球場に早く行っていたものですが、慣れてくると、ブラスバンドの上が、試合も、指揮台もよく見えるうえに、上段は(例年なら)すいていることが分かって最近はひたすらそっちです。(応援部OB・OGや家族などの関係者席も、この場所)

 なので、ブラスバンドの内野寄り(1塁側ならブラスバンドの左)を占めている面々は初心者ゆえ、、、という気もしなくはないですが、1ブロック固まってコンバットマーチでメガホンを叩いていると、大丈夫かなぁ、他の応援曲と同じように叩くのが普通になっちゃうのかな、と思ってしまったりするんですね。


 ちなみに、何年前だったか、チアリーダーの振りが「♪ホームラン」とコールする部分で審判のホームランのジェスチャーだった年があって、応援部でもスタンドの学生に同じようにするようPRしていたからか、それ以来(チアの振り付けが変わっても)その部分だけはメガホンを頭上で回す人がほとんどになりました。(私も回す派です)
author by よんなん
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市街地で初めてバスに乗る

 群馬に来て以来、群馬県内では草津温泉とJR駅を行き来するバス以外に乗ったことがありませんでした。

 きょう、勤務終了後に前橋市役所へ所用があり、初めて市街地のバスを使いました。

 前橋市役所やその斜向かいの群馬県庁は、JRの前橋駅や上毛電鉄の中央前橋駅からは離れたところにあります。

 職場で前橋市役所への行き方を聞いても、クルマで行く道順が返ってきましたし。
(前橋駅から歩けば30分以上かかるとか)

 新前橋にある職場には電車で通っているので、クルマで行くには高崎の寮に一旦帰ってそれから、になってしまいます。


 確かバスがあったのでは、という言葉を頼りに、ひとまず両毛線で前橋駅に降り立ちました。

 駅前広場にコミュニティバスの「マイバス」南循環が停まっていたので、停留所の路線図に「県庁前」というバス停があるのを見て、県庁方面へ行きますか、と運転手に尋ねます。

 運転手は少々怪訝な顔をして15分くらいかかりますよ、と言います。
 歩けば30分以上と言われていたのですし、運賃は100円なんだし、私には御の字なんですけど、ほとんどそういう利用者がいないということなんでしょうか。

 まぁとにかく発車の時間ですし、他に県庁方面へのバスがあるのかもよく分からないので乗ってしまいました。

 車両は浦安市や桶川市のコミュニティバスと同じクセニッツ。(これ

 浦安の「おさんぽバス」は大繁盛していますが、今回乗った9:45発の乗客は私を含めてたったの4人です。

 高崎の「ぐるりん」みたいに2〜3時間に1本しか来ないようなインチキなコミュニティバスではなく、ちゃんと浦安のと同じように20分おきに走ってるんですけど。

 北循環と重なる「銀座通り」は、マイバス以外の車両通行止めという「トランジットモール」になってますが、肝腎の銀座通りに「貸店舗」「テナント募集」の看板が目立ちます。

 …トランジットモールを導入しているなんて、日本国内では相当な先進事例のはずです。
(帰宅してWikipediaを見たら、国内にはまだ3例しかありません)

 なのにこの寂れようと、バスの乗客の少なさといったら!
 それとも、まだ午前10時になったばかりだからでしょうか?

 さて、「県庁前」というバス停があるのに、なぜか運転手から県庁なら1つ手前の「群馬会館北」で降りてくださいと言われてそこで降ります。


 市役所の駐車場は満車で、駐車待ちのクルマが20台くらい渋滞してました。
 へっへっへー、ざまーみろ、と、群馬では珍しく公共交通を使って“勝ち組”になった気分で市役所へ。

 所用を済ませ、こんどは一般バスのバス停へ行ってみると、ほとんどの系統のバスが前橋駅を経由するようで、10:30発の永井バス玉村ゆきがすぐやってきました。
(前橋市や高崎市の隣に、玉村町という町があります)

 市街地の足というより、前橋と玉村を結ぶ路線の、始発(前橋公園)から前橋駅までのおまけみたいな区間なのでしょうか。

 乗客はゼロで、県庁前から私ともう一人が乗ります。

 永井運輸は公式サイトがないらしく、Wikipediaによれば撤退した大手バス事業者の代替路線を運行している会社らしいです。

 車体の表記をよく見てなかったんですけど、永井バスは全部「21条バス」(道路運送法21条に基づく、貸切バスでのバス路線営業)なんですね。
…とすれば、出入り口の横には「貸切」と書いてあったはずです。

 日ごろ、前橋の市街地を走るバスにほとんど乗客がいないのを見て、運転手の賃金すら賄えないのではと思っていましたが、21条バスは自治体から委託金が出ているはずですから、道理で、と納得です。

 運賃は前橋駅まで150円で、所要時間は10分ほど。前橋駅近辺は100円で乗れるようです。
…マイバスの運転手が変な顔をしたほど、時間に差があるようには見えませんでしたが。。。

 このあと、前橋駅から電車に乗って帰りました。


 マイバスも一般バスも、使ってみれば利便性は悪くないように思えたのですけれども、冒頭のように群馬の人には「バス」という選択肢が最初からないようです。

 まぁ確かに、電車と違って道路を走る乗り物なら、お金を払って乗らなくたって自分で運転すれば済む、というものなのかもしれませんが。
 東京都心などと違って、商業施設には無料の大規模駐車場があるのが普通ですし。
(駐車場待ちの渋滞なんてふだんは無縁で、きょう初めて見ました)

 前橋には、10〜20分おきに走る路面電車とかコミュニティバスとか、公共交通と歩行者の「トランジットモール」とか、学生時代に勉強したいわゆる中心市街地再生の施策(←機械科出身ですが、卒論も修論も内容はこっちでした)でよく取り上げられていた事例がちっとも通用していない姿がありました。

 大学などの研究機関や行政の取り組みの無力さというものを感じてしまいます。

 彼らのやってることって、というか、自分が大学で勉強してきたことって何だったんだろう、なんて。

 「机上の空論」という言葉が頭をよぎります。


 いや、中心市街地に駐車場を設けてクルマでの来訪を促すのではなくて公共交通や徒歩空間を充実させる、というのは、処方箋として間違ってないはずなんです。

 脱クルマで先行するヨーロッパのまちづくりは、だいたいそういう方向性です。


 私も、学者とか評論家とか公務員ではなく民間のサラリーマンになったんですし、営利事業者の立場で、机上の論理だけでは通用しない世界でやってやろうじゃん、と意気込んではいるんですけども…。


 あ、写真がないのはデジカメを忘れたからです。(ぉぃ)
author by よんなん
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創価を倒し 意気あげて この喜びを歌おうよ

 表題は、早稲田大学の応援歌「ひかる青雲(あおぐも)」の一節です。
(ふだんは「♪慶應倒し〜」なんですけど)


 全日本大学野球選手権も準決勝で、早稲田大学−創価大学でした。

 対創価大学戦は、確か2003年に一度あって、今回は2度目です。


 今回の創大の応援席は、学生(+学会員?)に持たせている応援グッズのタオルの色で、きれいに青・黄・赤の三色になってます。

 あの三色旗って、創価学会の旗で、創価学園(=創価大学とは別法人)の旗でもありますけど、創価大学の旗ではなかったような……と思ったら、Wikipediaには「スクールカラーは、青・黄・赤の3色」って書いてありますね。まぁ、あちらさんのことはどうでもいいんですが。

 少なくとも前回は、応援席としてはあの三色は使ってなくて、それでも熱心な方がいたのかちらほらと小さな三色旗を振っているのが見えた程度でしたので。


 ところで、早稲田大学も創価大学も略称は「ソウ大」です。

 おそらく創価大学の留学生であろう外国の人が早大側の応援席に来て「ソウ大の応援席は?」と応援部員に尋ねていましたけど、15秒くらい「早大」なのか「創大」なのかで話がかみ合ってなかった様子でした。

 たぶん、3塁側(=早大側)チケット売り場は、「ソウ大」と聞かれてYESって答えて売っちゃったんでしょう。

 でも、早稲田の学生は「早大生」という単語は使うものの、大学の略称として「早大」とは口にしないですね。「早稲田」と言うのが一般的だと思います。


 あと、何を考えているのか、早大側にも三色のうちわを持った人が何人か。

 きっと、あれは創価大学のうちわじゃなくて、ルーマニアのうちわなんだと信じたいところです。
(蛇足:創価学会の三色旗は、ルーマニアの国旗に酷似している)


 あ、試合は10-1で早稲田の大勝に終わりました。

 エール交換時に聞ける創価大学の学生歌(校歌はないらしい)は、創立が1971年(=昭和46年)と比較的新しい大学のわりに軍歌調なのが不思議です。
(創価大学の公式ページで聴けます)

 前回は当時のアルバイト先で試合結果を伝える聖教新聞に目を通す機会がありましたが、今回はどう書くんでしょうか。


 明日は決勝で東海大学と対戦ですが、あいにく出勤なので今シーズンの応援活動は今日で終わりです。
author by よんなん
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カンコクぶっつぶせ

 神宮球場へ、全日本大学野球選手権大会の早稲田大学・関西国際大学戦を応援しに行きました。

 早大の応援曲で「慶應ぶっつぶせ」などとコールする部分には、「慶應」を試合相手の名前に置き換えるんですけど、今日は「関国」でした。

 いや、字面だけ見れば、発音は平たく言いそうですが、実際には隣の国の呼び方と同じ「か」にアクセントがありました。(ぇー)


 というか、「関西国際大」を「関国」って略す人って、通常いるもんなんですかね??


 それはともかく、驚いたのは関西国際大学の応援席にいる吹奏楽団が、なんと東大応援部の吹奏楽団だったことです。

 いくら東大が東京六大学リーグで優勝して選手権に出てくる可能性が皆無に近いからって、そんな仕事引き受けるか、と思わなくもないです。

 で、いつも東大が「T! O! K! Y! O! (ドンドンドン) ティーオーケーワイオー 東大 レッツゴー」とコールしている部分は
(これも、どうして「TOKYO」で「東大」になるのか不思議に思ってるんですが)

「関! 西! 国! 際! 大! (ドンドンドン) 関西国際大 関西 国際大」

と、「レッツゴー」の部分に「国際大」が入るという、都市対抗で無理やり企業名を入れているのと同じ感覚(例:七十七銀行 →一昨年の記事)なのが興味深かったです。

 というか、東京での試合に在京大学の応援団を使うやり方が、都市対抗チームと同じですよね。


 そんな、応援席の雰囲気はまるで「早大・東大戦」の神宮球場でしたが、試合結果も16-3、と、あたかも早大・東大戦のような様相でした。

 って言っては失礼ですね。すみません。
author by よんなん
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