新青森へ向かっています

DSC04698.jpg 大学鉄研の同期君が昨年青森へ赴任したので、同期3人で訪問することにしました。

 八戸〜新青森の新幹線は去年履修しましたが、「はやぶさ号」は初体験です。

 ……「はやぶさ号」は3月のダイヤ改正から制限速度320km/hにスピードアップするので、それから乗ればよいのですが、東京駅を「はやて号」の40分後に出ても新青森に着くのが13分しか違わない(=土曜の朝に30分近く寝坊できる)ので500円追加して「はやぶさ号」にしました。


 東京駅で、発車2分前に車内清掃終了・乗車の案内が放送で流れたとき、3号車の屋根で新青森方向のパンタグラフがスーッと上がったのに軽く感動しましたよ。


 300km/h運転用のパンタグラフには「向き」があるのだそうで、上りと下りで使うパンタグラフが違うわけです。


iZkmF.jpg 持参したソニーの徒歩ナビ(写真は去年「あずさ号」に乗ったときの)を窓辺に置いておくと、速度のところに295とか6km/hなんていう数字が表示されます。

 カーナビにもなる機種なので、徒歩ではありえない速度もある程度測れるのは分かるんですけども、こんな新幹線の速度までほぼ正確に測ってしまうスペック、などとはソニーは恐ろしい会社です。

 一昔前なら新幹線の食堂車やビュフェに速度計がついていたものですが、個人で(GPSでおおよその速度なら分かる)速度計を持ち込める時代です。


DSC04704.jpg 去年来たとき(当時のツイピク)は、震災で天井材が落ちた跡も生々しかった仙台駅でしたが、車内から見る限りは新しい天井材は貼らずに復旧の様子です。(見た目での推測)

 仙台駅を発車して、再び300km/h運転……とwktkしていましたが、275km/hを超えたのは新花巻駅を通過してから盛岡駅までの1駅だけ。

 ちょっぴり拍子抜けでしたが、盛岡駅が近づいて線路際のフェンスの向こうには住宅が立ち並ぶ環境で、時速300kmの高速列車が騒音などの環境基準をクリアして走ってる、というのがすごいです。

DSC04710.jpg 盛岡を発車するといわゆる「整備新幹線区間」となり、制限速度は260km/hに下がるので徒歩ナビも片付けることにします。

 新青森では、隣のホームにE2系が停まってました。

 3月のダイヤ改正で、新青森発着の「はやぶさ号」「はやて号」はすべてE5系になるので、この光景もなかなか見られなくなりそうです。
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レースのカーテン

DSC04662.jpg 自分は曇りガラスとか障子とか、外がまったく見えなくなってしまう建具が好きではありません。

 どうにも押し込められている気分になってしまいます……大学受験生時代の代々木ゼミナールの教室がそうでした。

 さて、現在の我が家は、北向きと西向きの窓からは眺めがよいのですが、残念ながら南向きの窓は目の前に別の号棟が建っていて室内からの視界は悪いです。
(ベランダに出れば、東西線の電車やスカイツリーなどが見えてなかなか悪くない)

 我が家は11階建ての6階にあって、隣は6階建て、しかもその向こうには高い建物がなくて東京湾のほうまで見通せるので、もう1つか2つ上の階だったら! と、もどかしいことこのうえないです。
(しかも我が家の真上の8階が現在空室の模様)

 その一方、交通量の多い道路から2棟目の我が家にとって、隣の建物が防音壁代わりになり、立地のわりに静かに過ごせるメリットもあります。


 で、最初に書いたように外が見えない窓は好きではないので夜以外はカーテンを開け放していたのですけれども、LDKから南側の窓を見るたびに、見えるのは隣の号棟の廊下で、つくづく残念感がつのるばかりです。

 我が家には南側に面して和室もあり、そちらの窓は障子がついているのですが、一番上に書いた理由でやはりそちらを居室にする気分にはならないです。
(そのうち雪見障子か何かに取り替えようと思っている)


 そんなある日、あんまり閉める機会がなかったレースのカーテンを閉めてみたところ……実は案外悪くないことに気がつきました。

 障子や曇りガラスのように外がまったく見えなくなってしまうわけではなく、かといって、眺めが悪いのはうまいこと消してくれて、とても気分がよいです。


 住み始めたときから買ってつけてあった代物ですが、あまり使っていなかったので、いまさらながら、よいツールを見つけた気になりました。
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老人性色素斑(しみ)

DSC04659.jpg 私の顔を知っている方は、右(私に向かって左)の頬に1円玉より少し小さいくらいのシミがあるのをご存知だと思います。
(見苦しい写真ですみません)

 小学生の頃にこのあたりをヤケドした(キャンプファイヤーの火の粉が当たった)ことがあったので、その跡だろうと思ってました。

 見た目にそれなりに目立つ跡を作ってしまい、せっかく五体満足に生まれたのに、好奇心から火に近づいたいっときの過ちの十字架を背負っていくのだと受け止めていました。

見た目といえば、就職活動のときにNHKのアナウンス職でいいところまで残ったのですが(←過去の栄光)、よく書類やカメラテストや1・2次面接で落ちなかったな、と今でも不思議です。
(民放はラジオ局を含めて箸にも棒にも引っかからなかった)

 ところが昨年、何年ぶりかに会った何人かの方から「色が前より濃くなった」「ヤケドの跡と違うのではないか」と言われて、気にするようになりました。
(↑まったく無関係な2人以上の人から同じことを言われると本気にする人)


 この歳で皮膚がんだったりしたら……まぁ、このシミは社会人になるずっと前からあるので、今さら分かったところで全身に転移して手遅れに違いないですが。


 で、きょう平日の時間を確保できたので、評判のよい皮膚科へ行ってみました。

 すると、、、「日焼けはよくするほうですか?」と先生に聞かれ、なんのことやらと思っているうちに「老人性色素斑」という診断がつきました。


 老 人 性 ! !

 ……つまり、お年寄りの顔や手にあるのと同じ、あのシミだというのです!


 悪いできものではない、というのが分かったのはよいですが、10代の頃からあるのに。。。

 先生も「他に名前がなくってねー、ごめんねー」と言っています。。

 で、先生に言われて鏡をよく見ると、できかけもけっこういっぱいあります。orz


 ひとまわり薄くすることはできます、悪いものではないのでこのままでも特に問題はないです、とのことでしたが、ひとまず右上4分の1だけ処置してもらいました。

 液体窒素をひたした(検尿に使うくらいの大きさの)綿棒をジュワワワと押し当てて(特に痛くはない)、すると表面の組織が死ぬので、あとは3か月ほど放っておくとカサブタになってはがれるそうです。

 液体窒素なんてのを見るのは中学の理科実験以来ではあるまいか。。。


 「見た目」にかかわる処置ですが保険適用で、診療明細を見たら

「いぼ冷凍凝固法(3箇所以下) 210点」

とありました。……1点=10円で3割負担ですから単純計算で自己負担は約630円ということになります。(実際の支払額は初診料などを含めて計算したあと端数整理がある)

 生死に関わるものでないのに保険適用なのか、という意見もあるのか分かりませんが、こんなに目立つのに、私のように顔の見た目を気にしないで平然としていられる人ばかりではない、ということでしょう。
(自分は、ないに越したことはないと思っている程度)


 3か月後に自然にできあがりますから、残りもやりたくなったらいつでも来てください、と言われて診療所をあとにしました。

 数時間経つと、さっそく、処置したところがぶくぶくふくれてきました(一番上の写真)。……絆創膏などは特に必要なくて、洗顔も日常どおりでよいとのことですが、3か月もいじらずにがまんできるかどうか、、、

#(2013.2.16追記) 2日目にしてうっかりかゆいのを掻いた拍子にはがれてしまいました……大丈夫か、、、


 これまで、肌の手入れなどにはほとんど頓着しないで、L-システイン剤(ハイチオールなど)を飲むでもなく、日焼け止めなどろくに塗ったこともありませんでしたが、少しは気をつかおうと思いました。。。
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江戸東京博物館2 「松の廊下」

 「忠臣蔵」といえば大石内蔵助は伝記の学習まんがになってるし、大河ドラマにもなってるし、歴史でも習います。


 きのうのガイドツアー中、江戸城の模型の説明の中で、松の廊下の話がありました。

 松の廊下と聞けば、私のような理系人間でも忠臣蔵くらいは思いついて、どちらかといえば美談のような印象があるのですけれども、ガイドさんの解説はまた違った視点で面白かったです。


 松の廊下での刃傷沙汰は、現代に置き換えれば宮中晩さん会でピストルをぶっ放すようなもの、だそうで、なるほどそういうふうに言われれば、浅野が一方的に死刑になっても「けんか両成敗」だの情状酌量の余地はないだろうなぁという気もしてきます。

 社長がそんなことをして会社をつぶして社員全員を路頭に迷わせたようなもの、と聞けば、いっときの感情(発作?)に身を任せてそんな結末を招くとはろくなお殿さまではないなと思っちゃうわけです。
(私も他人のこと言えませんが!)

 討ち入りは、クビになった社員が起こした第二のテロ事件、となると、NHKの大河ドラマは時代考証ちゃんとやってんのか、という気分になったりならなかったり。


 「仮名手本忠臣蔵」は確かに「事実をもとにしたフィクション」ですし、格好のワイドショーネタがあったら、あることないこと読者や視聴者に受けるように書きたてる、というのは今も昔も同じなんだなぁと思ったのでありました。
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江戸東京博物館

DSC04644.jpg 江戸東京たてもの園には何度も行っているのに、通勤の途上である両国にある本館には一度も来たことがありませんでした。
(たてもの園は、江戸東京博物館の分館)

 こういう博物館の類は無料で入れるようになったので、元気だった頃の自分なら休みのたびに通い尽くしたのかもしれませんけれども、そういう手帳をもらえるということはそれなりなわけで、世の中はそういうふうにできています。。。

 3連休でどうにかゆとりができたきょう、やっと行ってきました。


 江戸東京たてもの園同様にガイドツアーがあり、まずそれに加わりました。

 江戸時代から東京オリンピックまでを対象に、人々の暮らしを展示対象としたもので、「お宝」はほとんどありません、とのこと。

 ボランティアのガイドさんは、自分でしゃべったネタに自分で笑っている、鉄道マニアにもよくいるタイプの方でしたが、なかなか分かりやすかったです。


 鈴木都政の最末期にこんなハコモノ作っちゃって……という評判を聞いたことはあるものの、展示物は全体的によくできている印象でしたし、5階と6階の吹き抜けにある日本橋は、5階の床が水面になる高さで再現してある、というのが面白いつくりです。

 よくも悪くも「本物」がないので、お殿様が乗る籠や、千両箱や、火消しの纏や、肥桶(模型)などを実際に持ったり乗ったりできるのは楽しいです。


 江戸ゾーンでは当時の商業の代表として「三井越後屋」がなかなかのスペースを割いて展示してあって、三井といえば江戸東京たてもの園にも「三井八郎右衞門邸」があるし、特定の民間企業(?)をこれほど前面に出すのもめずらしいです。


 そんなふうに面白い博物館でしたが、ガイドツアー1時間少々と、企画展示(≠特別展示)を見たらすっかり疲れ果ててしまいました。。。

 特別展示は尾張徳川家のお宝だそうですが、とても混雑しているという掲示があって、とても行けませんでした。


 特別展示もただで入れるので、「東京の交通100年博」のときに来ればよかったな……と調べたら、まだ手帳をもらう前の展示でした。

 どうにも時系列があやふやになっていけないです。
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「おさんぽ川越号」

DSC04595.jpg JR大宮支社の川越キャンペーンに合わせて、1月26日ときょう、「新習志野発川越行き」の列車が走りました。(JR大宮支社の発表

 大宮から日進のあいだを、乗客を乗せた営業列車がふだん走らない「川越貨物線」を走るのがめずらしいです。

 なかなか乗れないルートなのと、西船橋8:05発と普段会社へ行く時間より20分くらい早く家を出れば乗れそうだったので、川越に用はないというJRのねらいから思いっきり外れる客ですが、乗りに行くことにしました。

 先頭車に乗ったところ、車内は、本当に川越へ行く行楽客に見える人が2〜3割くらい、鉄道マニアっぽい人が5割くらい、あとは武蔵野線に乗ろうとしたらちょうどこの電車が来た、という感じの人でした。(見た感じの印象)


 さて、最大のメインイベントは、大宮駅11番線から日進駅までの1駅です。
(私は武蔵浦和〜与野・大宮操車場の武蔵野貨物線も初体験ですが、ここは「しもうさ号」が毎日走っているルートです)


 ふだんは、11番線からの下り電車は湘南新宿ライン(宇都宮線・高崎線直通)で、大宮駅を出ると立体交差へ向かうのですが、川越貨物線は一番西寄りの地平線を行きます。

 ルートは単に11番線から高崎線へ進出するときの1本となりなのですが、地平か高架線の上かの違いがあるので、大宮総合車両センターの眺めが非常に新鮮です。

 いったん上にあがった高崎線への線路が降りてくるとあとは同じ眺めで、高崎線と線路が分かれる、新幹線の下をくぐるあたりがすでに日進駅場内らしく、そこで川越線の下り線の線路に渡って川越貨物線の旅はおしまいです。

 日進、西大宮、指扇、と運転停車があって、なぜか乗降できる停車駅になっていた南古谷駅(川越の1つ手前)で降りて帰りました。……川越は降りたことが一度もなくて、JRのねらい通りに川越を散策してくるのも一つの考えでしたが、たまたま午後から別の用事があったもので。。


 川越貨物線を走る例はあまりないので、もしかしたら川越線電化・埼京線直通以来では? という話も耳にしますが、実際どうなのかはよく分からないです。

 ただ、埼京線開業間際の線路切り替え前は、大宮駅の地平ホームからまさにこのルートで川越線のディーゼルカーが走っていたはずで、なるほど、だから大宮駅の12番線には架線がないのか、と今さら気がつきました。

 Wikipediaによると、当時の川越線は現在の11・12番線から発着していたそうです。


 さて、「おさんぽ川越号」は115系電車の6両編成で、東松戸、南越谷、東川口で発車ベルが鳴らず、その旨のアナウンスがありました。

 1998年に開業した東松戸駅は6両編成の停止位置に発車ベルのボタンがないのはまだ分かるとして、武蔵野線の電車が6両編成だった頃からある南越谷駅や東川口駅は改修か何かのタイミングで更新しなかったのでしょうか。

 ……発車ベルがない(6両編成の営業運転を想定した設備になってない)ということは、車掌用の停止位置目標やら、列車の設定までにはいろいろ面倒な手順があったに違いない、、、などなどが気になってしまう性分です。
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ラジカセを買いました

DSC04570.jpg いまさらラジカセです。

 エアチェック(!)に使っているMDつきCDラジカセの具合がよくないので、ソニーのZS-R110CPというのを買いました。

 いまどき、家にいながら
「ラジオ番組を電波で受信して」、しかも
「録音して聴こう」
という、そんなもはや前世代的な需要に ばかみたいに しっかりと応えてくれるソニーみたいなメーカーが大好きです。


#インターネットでは「radiko」や「らじるらじる」などで雑音なく聞けるほか、NHKラジオの語学講座は録音しなくてもNHKが公式サイトで過去1週間分を配信している



 さて、今回買ったのはSDカードやUSBメモリにMP3で録音できて、しかも10番組まで録音予約可能、という、まるで私のためにあるような素敵な機種です。

 それに、時計にカレンダーがついていて、曜日指定もできますし、日付指定もできます。

 いま持ってるMDラジカセは、1番組しか予約できないうえ、時計が文字通り「時間」だけなので毎日同じ時間に動作する不便さがあったのが、飛躍的に改善しました。(旅行で数日不在にするときなどは録音をあきらめてた)


 ……で、何を録音して聴くのかというと、いちかわエフエムの番組です。

 コミュニティFM局でもインターネット配信するところが増えてきましたが、いちかわエフエムは「市川(とその周辺)でしか聞けないからいちかわエフエム」という基本スタンスで、それはそれで好きです。
(有線での再送信も、JCN市川でしかやってない)

 ただ、週末を中心に聴いている何番組かは、外出する時間帯だったり、もう寝ていたり(!)するので、こうして複数番組を録音できる機能がありがたいです。


 そんな今回買ったラジカセですが、さすがにラジオのタイマー録音以外の機能はしょぼくて、たとえばリモコンは使いにくいですし、このあたりは、まぁ……ごく少数の需要にわざわざこたえてる製品だからしょうがないよね。
(リモコンがなくてちょっと安いZS-R100CPでもよかったかもしれない)


 それはそうと、きのう有楽町のビックカメラへ行ったら、「ビックカメラ.com」(ビックの通販サイト)より高い値段で売ってましたよ!

 家電量販店って「他店より1円でも高い場合は店員にお申し付けください」などと言いつつ通販サイトの値段には応じてくれないイメージなのですが、さすがに自社通販の値段にはすぐに下げてくれました。(13800円→12800円)

 額面ではAmazonのほうがまだ1000円近く安かったのですが、10%+αのポイントがつくので、それを考慮するとお得、という次第です。


 ……あ、ちなみに、カセットはついてないです。

 ラジカセじゃないじゃん、と指摘を受けましたが、店頭でも「ラジカセ」売場でしたし、録音機能があるスピーカーつきのラジオで、(ウォークマンみたいな)ポータブルでもコンポでもないこういう形をしているものは、もはやカセットがなかろうが「ラジカセ」に代わる名前がないような気がします。
author by よんなん
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カウンセリングルームに通い始めたけれど…

 産業医の先生のすすめで、カウンセリングルームへ通いはじめました。

 健康保険が使えないところで、1回(50分)あたり9000円と(自分の財布で払うには)目が飛び出るような値段なのですが、健康保険組合の紹介なら年度内の一定回数は健保が(健康保険の制度とは別に)持ってくれるので、3月・4月をまたげばまとまった回数を受けることができて、その点は安心して通えます。
(主治医の先生によれば、今回紹介されたところは良心的なカウンセリングルームだとか)


 さて、目下のハードルは「私がしゃべらないこと」です。

 復職以来、あらたまった面談の類でたとえば上司とか産業医の先生から問いかけられても、返答を考えて話し始めるまで時間がかかるのと、話し始めてもぽつりぽつりと断片的にしか話せないので、ちっとも進みません。

 ……産業医の先生との面談は、1回2時間くらいかかります。


 カウンセリングはきょうで3回目だったのですけれども、そんな調子で50分ではほとんど話の進展もなく、セラピストの方も「考え途中のことでも言葉にしてくれないことには……」とお困りの様子でした。


 考え途中……といっても、ちゃんと頭が回って考えているのかといえばそうでもなく、「下手の考え休むに似たり」みたいな感じで、会話をしなきゃいけないのに一人でぼーっとしているあんばいです。
(別に不真面目にするつもりはなくて自分はがんばっているつもり)

 お薬のせいかしら? と聞かれましたが、そのあたりのことはよく分からないです。


 1回目の初対面の印象は、「話しやすそうな人に担当してもらえてよかったなぁ」というものでしたが、それでもこのありさまです。

 ただ、「思いついた言葉」が「真意を的確に表している言葉」かどうかは別の話で、思いつくままポンポン口にしたのでは、違う方向に行ってしまうのではないかという気もします。
author by よんなん
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「やる気」などというものは、3年前に置いてきてしまった

 と、自分で言ってしまっては身もフタもないのですが、一人でいろいろ考えていると、決まってこんなフレーズが思い浮かびます。

 そんな話を書きます。たぶん、支離滅裂だと思いますが、この時期にはこんなことを考えていたという記録もかねて書きます。


 まもなく復職から1年が経ちます。

 再度休職に陥ることなく過ごすことができて、それはよかったのですが、依然として「会社に来るのが仕事」という状態です。

 定例的な業務を1つ担当していますが、毎日20分ほどで終わる内容で、残り7時間ほどは業務資料や回覧物に目を通すなどして過ごしています。
(たまに単発的に資料をまとめるなど指示された業務があればそれをやる)


 本来、ホワイトカラー職場では「仕事は自分で見つけるもの」であって、上司からもそれを期待されている(+いちいち指図するほど上司もヒマではない)のはよく分かるのですが、この言われたことしかできない(期待に応えられない)度合いは自分でも泣きたくなるほどです。
(言われたことすら満足にできないときもある)

 入社して3〜4年目だったか、(確か)東大出の文系同期君が「閑職にまわされた」(確かにヒマなことには定評がある職場)と言って辞めたのを、仕事なんて自分で見つければいくらでもあるのにあほか、と思っていた(当時の日記)この自分がですよ。


 産業医の先生も、この状態では病状の改善も見込めないので、環境を変えましょう(=異動させてもらいましょう)、と言われるのですが、いまさら希望する業務も特にないのです。(……そもそもこの会社で人事の希望をかなえてもらえると思っちゃいけませんし)

 本当になにもないのか、と、強いて挙げるならば、9年前の「入社志望動機」なんてものしかありませんが、世間知らずだった頃の話ですし、なにより相変わらずこれまで経験した職場以外に社内を知らないという点で変わっていないのです。


 それと、社内を知らないということ以上に、「あれがしたい」「これがしたい」という希望というか、やる気というものが、本当にまるでないのです。


 ……昨年、直属の上司が異動で交代しました。こんどの上司は、打ち合わせの席で指示ではなく

「(この案で)君は何をしたいのか」

と問うてくる、面白い(と私は思う)方です。……面白い、と思ったって、上記のようにとても自分が追いつかないのですけれども。

 休職中のおよそ1年半と、復職してしばらくの間に、事務所の所長は代わり、上司も代わり、職場の人もほとんど入れ替わり、事務所内の雰囲気も少しは変わり、今のような環境に異動してきたら、少しは違ったんだろうかと思ったりもします。


 いや、ちょっとなじめない環境が続いたくらいでへこたれていては社会人として話にならないわけで、しょせんその程度の人材だった、というだけなんですけれども。


 会社を1年半ほど休んでようやく、

資料説明以外に誰も発言しない会議を何とも思わなくなって、

職場の机が物置でも何とも思わなくなって、

自分のあずかり知らぬところで決まった仕事の中身に何か思うところがあろうが、立場をわきまえて余計なことはしない心がまえはできるようになって戻ってきたんだけどな。


 ……診断書に書かれた発症時期からまもなく3年になろうとしていますが、再び「やる気」などと一般にいわれるものを取り戻すまでに、4年、5年、6年、と経っていくんだろうか。


 立ち止まっていた分、定年が延びるわけじゃないし、着々と、社会人としての寿命はどんどん短くなっていくのにな。

 「『定年』なんて考えてんのか! 本社採用なら定年がないところ(=取締役)まで行ってみろ!」と、作業服でハンマーを持っていた頃にたたき上げの大先輩に言われたのを覚えています。……覚えていますけれども、その道は遠くなるばかりです。


 いや、そんな理屈みたいなものはどうでもよくて、とにかくこんな体たらくで正社員の給料をもらっておいて不平を言ったら石が飛んでくる、バチが当たる、という話です。
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所得税の最高税率が40%とか45%とかいっても

gensen2012.jpg 先週、昨年の源泉徴収票が配られました。

 所得税額はきっかり「*0,000円」。
(伏字の意味はあんまりない)

 あまりにキリがいいので、何か概算のようなもので計算する制度ができたのだろうか? と思って調べてもそんな制度などなく、計算式に当てはめて計算すると偶然端数がない数字になったのでありました。


 もろもろの所得控除を差し引いた昨年の課税所得は、ちょうど195万円を数千円超えていました。(……34歳でこの所得額がどうなのかは触れない方向)

 所得税は累進課税でして、課税所得195万円を境に5%から10%へ上がります。

 えー、数千円超えたばかりに税率が2倍って思いっきり損なのでは!? と一瞬思ってしまうのですが、税率が10%の人の所得税は課税所得×10%から「9万7500円」を引いた額になっています。


 ……最初はこの「速算控除額」が何のことかさっぱり分からなかったのですが、要は、9万7500円=195万円×5%というわけで、これを差し引いて195万円を超えた部分にだけ10%の税率がかかるように調整するわけですね。

 同じく、課税所得330万円を境に税率が10%から20%へ上がりますが、速算控除額は42万7500円(=9万7500円+33万円)で、やはり195万円を超えた部分に10%、330万円を超えた部分に20%課税となるよう調整されます。なるほど。

 よく、所得税の最高税率(1800万円超で40%)と住民税10%を合わせて、「がんばって働くほど損をする制度」みたいな喧伝がなされるわけですが、課税所得1800万円超の速算控除額は279万6000円です。……本当に「半分税金でもって行く」のは1800万円を超えた部分だけです。

 プロスポーツ選手みたいに1年で何億円も稼ぐ人は、1800万円を超えた部分のほうがはるかに大きいですから、確かに「半分税金で持っていかれるようなもの」かもしれませんが。


 とにかく、サラリーマンをまじめにやっているうちは、「うっかり給料が上がったばかりに所得税で損をした」ということはなさそうです。たぶん。

 それと、これしか所得税を払っていないので、たとえば税額控除を受けられる寄付をするときなど、そもそも戻ってくるほど税金を納めていない、という話になるので気をつけないといけません。。。
author by よんなん
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