退職の日

 さだまさしの「退職の日」は、新幹線の車掌さんの最終乗務(定年)に乗り合わせたのがきっかけで作られた歌だとか。
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 そんなことはどうでもいいのですが、昨年の1か月研修でクラスメートだった一人が退職することになり、今日・明日が最後の泊まり勤務、とのことで同じクラスだった3人で仕事先へ(お客として)行ってきました。


 何十年と勤めて定年で辞めるのとはわけが違いますが、歌詞に出てくる「いつもと変わらず」「じれったいくらい当たり前に」仕事をしていたというのは同じだなぁと。

 本当に、この人は二度と、この制服を着て、この仕事をすることがないのだろうか…… と、まったく実感が湧きません。


 そんなもんなんですよね。

 私も大学を出るとき、卒業式の日にキャンパスツアーガイドの最後の仕事をして、最後のツアーを終えて大隈講堂前でお客さまに最後のお辞儀をした瞬間に、真上で講堂の鐘が鳴った……なんて、今思えば感動的な瞬間のはずなのに、何の感慨もなく、拍手をされてどう応えてよいものやらただ笑っていただけでしたし。


 歌詞と唯一違うのは、「公園のD51」のように「退職したあと ほんのわずかばかりのレールをもらって もう動かなくな」るのではないことです。

 「 “胸の中で” いつでも力強く 山道を駆け登っている (略) いつまでも いつまでも」なんて、思い出の人になるようでは、辞め甲斐がないというものでしょう。


 この歌の「ただ黙々と むしろ平凡に」という言葉は、残念ながら彼女に似合いません。

 持ち前のキャラに、またあっと言わされるのが、楽しみで仕方がないのですよ。


 すみません、今ごろになって(14日昼)、写真など眺めながら涙が次々と出るのです。
author by よんなん
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