窓には見ゆ船の帆

IMGP7719.jpg 母校、攻玉社中・高の学園祭があったので、川崎で知人と所用で落ち合う前に不動前へ立ち寄りました。

 鉄道研究部の展示を見て、顧問の先生や、母校に教員として就職した同級生と話して小一時間ほどの滞在でした。

 コンピューター部の略称は「コン部」(←ダシが取れそうな名前)、生物部の部誌が「めがろぱ」で、バスケ部のお化け屋敷は「けんじゃぶ」っていうのは、12年前と相変わらずです。

 鉄研の部報は、名前を決めた私の4代・5代上の先輩方が「表記の漢字とは違う読み方をするタイトルにしたい」という発想で、「通票」と書いて「タブレット」と読ませていましたが、近年は「TABLET」という表記になっているようです。


 明らかな違いといえば、喫茶部門が家庭科室で調理をしていたことでしょうか。

 …模擬店よりは本格的なものが食べられそうですよ。


 とはいえ、校舎や体育館は私の卒業後に改築してしまい、先生方も公立校のように転勤こそないものの次第に世代交代が進んで、まったく別の学校になってしまったかのようです。

 ただ、旧校舎の増築部分(比較的経年が新しかった部分)は学校法人の事務所などが入る「4号館」として取り壊されずに残っているのでちょっと足を踏み入れてみました。


 うひょおおおお、、、、もう気分は15年以上前に階段や廊下を走り回っていた中学生気分ですよ!

 屋上にプレハブ増築しただけの図書室は撤去されていますが、休み時間や放課後に階段を駆け上がって「鉄道ファン」などを読みに来ていた頃の情景が、屋上への階段(写真)にそのまま残っています。

 旧校舎の大部分が取り壊されてしまいましたが、ほんのちょっぴりでも残っている部分があると、やっぱり卒業生としては嬉しいですね。


 このあと中華料理の「錦」で昼食(日替り定食700円←一時期750円だったのが値下げしたらしい、、、けど、在学当時は680円だった)を済ませ、武蔵小杉乗り換えで川崎へ向かいました。

 目蒲線だった頃と違って、目黒線で武蔵小杉はおろか日吉まで一本なんですから、便利になったものです。
author by よんなん
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