市川エフエム放送の自己破産申請に対する私見(5)

 1月に入り、いちかわエフエムの公式サイトがつながらなくなりました。

 ふと思い立って、1月11日の夕方にFAX受付番号などへ電話をかけてみると、「お客さまがおかけになった電話番号は、現在使われておりません」というアナウンスが流れました。

 電話は解約され、Webサーバーやメールサーバーも撤去されたのでしょうか。


 パーソナリティの方のブログによると、局舎内に置いたままだった私物も12月末に返還されたようです。

 私物の返還とともに12月以降に届いた番組あてのメールもスタッフのもとへ届けられたそうで、おそらくサーバーを撤去する際に残っていたメールを出力したのではないかと推察しています。(あくまで推察)

 きっと、破産管財人による放送局内の整理が着々と進んでいるということなのでしょう。


 電話は解約でなく休止だとしても、再開するときには電話番号が変わってしまいます。

 放送局内の設備も片付けが進んでいるとなると、この先、破産手続が終わるまでに放送局を譲受する事業者が現れても、再び放送局の設備を整えるところから再開しなければならないことになりそうです。


 外から見てわかるいちかわエフエムの施設のひとつに、本八幡駅近くのビルの屋上に設置された送信アンテナがあります。これは総武線の電車から見えます。

 あまり気に留めていない施設でしたが、放送休止以来、明るいうちに総武線で本八幡駅を通るたびに、撤去されていないか確認するようになりました。

 幸い(?)、2017年1月28日時点で撤去されている様子はなく、リスナーとしては放送局の再開に期待をつないでいます。


 さて、運営会社としての市川エフエム放送が自己破産を申立てるに至った直接的な出来事と思われるのが、損害賠償請求の裁判と放送料金の差押えです。

 こんなブログを書いているからか、私のもとへ裁判に関して断片的な情報がちらほら寄せられました。

 私自身は裁判の記録を直接見たことがないので、その情報をもとに言及することは差し控えます。


 私が直接触れたものといえば、いちかわエフエムの番組です。

 過半のパーソナリティの方は、11月末で放送を休止するとも知らずに番組を制作して出演されていたと思いますが、11月最終週の番組で(私が気づいたなかでは)唯一、普段と違う番組がありました。

 その番組は毎週の締めくくりの言葉が「また来週も聴いてください、おやすみなさい」だったのですが、11月最終週だけ、ひとこと「おやすみなさい」と終わっていて「また来週も聴いてください」とは言わなかったのです。

 たまたま「また来週も聴いてください」と言い忘れただけかもしれませんが、もしかすると、11月末で放送を休止して自己破産することを知る立場の方だった(あるいは決定する立場の方だった)のではないかと思っています。


 その番組の放送休止前の最終回となった11月末の放送では、11月25日に死去したフィデル・カストロの話題に触れ、アメリカ国内でキューバからの移民が鳴り物を持って路上へ繰り出しカストロの死を大喜びしていることに関して

「日本では、どんなひどい奴でも、亡くなったときに喜ぶっていうのは……やっぱり亡くなられた方は尊敬をしなきゃいけない、っていうのはある」

とコメントをされていたのが、いまとなってはとても印象的です。


 一連の件について、会社をたたむ結果となった時点でどう考えていたのか、(日本という場所での一般論を述べたに過ぎないにせよ)少し表れているのではないかなぁ……と、私はその番組を振り返ってそう受け止めました。
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市川エフエム放送の自己破産申請に対する私見(4)

 前回の記事まで、FM放送局の再開があるとすれば破産手続が終了して法人が放送局免許とともに消滅するするまでに放送局事業を買い取ることだと述べました。

 そのほかにどういう形があるでしょうか。


 考えられるのは、インターネット放送局に移行することです。

 FM局をやめてインターネット放送局に移行した例には、神戸市のコミュニティ放送局だった「エフエムわいわい」の例があります。(FM放送は2016年3月に終了)

 もっとも、エムエムわいわいは運営法人がそのままです。


 今回のいちかわエフエムの場合は、FM放送をしていた組織がそのまま移行するという形は(会社がこれから消滅することもあって)難しそうです。

 市民スタッフの皆様の思いは熱いと思われ、12月中にTwitterやブログで情報発信を始められたパーソナリティの方や、個人的に番組を制作してYouTube配信の形で番組を継続しておいでの方もいらっしゃいます。


 ただ、過去に、いちかわエフエムでの番組を(何らかの事情があったのか)終了してWeb上の掲示板やブログに情報発信・交流の場を移したパーソナリティーの方の例はありましたが、FM放送からWeb上に場を移して以後現在にわたって継続できているかというと、Webページは残っていますがラジオ関係の更新は止まっている様子です。

 ブログなどのメディアは、放送とは違って「放送に穴をあける」という(経験者なら)身の毛もよだつ恐ろしい事態がないので、よほどのモチベーションがないとすっぽかしやすい特性は(現実問題として)あるように思います。

 なかには、突然の放送休止により番組でお別れのあいさつを放送できなかったので最終回のようなものが届けられればそれでいい……とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。

 フェードアウトせずに続けられるかどうか、その点は心配しています。


 唯一、日曜21時から1時間の番組を担当されていた方が放送休止の週から個人的にYoutubeで毎週日曜21時から1時間の番組配信を始められたのは、ご本人が番組制作・インターネット配信に必要な設備とノウハウをお持ちだということもあり、継続には期待をしています。


 ただ、インターネット放送で目的を達せられるなら、市川市とその周辺地域にコミュニティFM局というインフラはそもそも必要なのか(必要だったのか)……という議論も不可避な気がしますが、日本のラジオ局全体を見渡すと(大手民放もNHKもコミュニティ放送局も)ラジオ放送のかたわらインターネット配信「も」行う事業者が過半になりつつあるなか、それはひとまず置いておくことにします。
author by よんなん
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一度仕事をため込むと大変

 仕事が山積みです。

 職場にある私の机の上も書類やらが山積みです。


 ……業務量が決して多くない職場のはずなのですが、こうなってしまったのは、昨年5〜7月ごろの不調がもとです。

 7年前に会社を休み始めたころほどではなかったのですが、その3か月ほどは日々出勤するだけで精いっぱいだった時期でした。

 上司や勤務先の保健スタッフの方などにも相談して、「無理はしなくていい」ということで(実のところは職場に出てくるだけでもかなり無理をしていたので、本当に無理しなかったら次の日から欠勤するレベルでしたが)後回しにできる仕事は後回しにして過ごしました。


 で、8月ごろから徐々に調子を取り戻しつつはあったものの、後回しにした仕事が年を越しても片付きません。

 溜めていた仕事を片付けるのに専念できるわけではなく、日々発生する仕事も片付けながらですから、一向に進みません。

 しかも一度「無理しない」習慣がついてしまうと、作業を進めるのもテキパキできるようになるまでなかなか戻らないのも困ったものです。

 年度末までにはどうにかしたいところですが、、、


 それにしても、会社で私をつぶすなら簡単です。

 私が仕事上の話題を話しかけても無視するか目も合わせずに無言で応じるかあるいはそこで高圧的に応じ続けていればれば勝手につぶれるんですから。

 思わぬ弱点が見つかりました。
author by よんなん
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師走の衝撃3連発

 2016年の12月(特に上旬)は、それまで身近にあったものや習慣だったものが急になくなる、ということが相次いで、なかなか凹む時期でした。

 まずは、いちかわエフエムの放送休止。

 番組制作からは離れたとはいえ、リスナーとして毎週楽しみに聴いていた番組もあったのが、運営会社が12月1日に自己破産を申し立てて11月末限りで放送を休止してしまいました。

 事前の予告も何もなかったので、毎週録音してその後1週間で聞くのが習慣だった身には衝撃たるや大きかったです。


 次に、旧知の知人の引退宣言。

 同人誌(というか一人で作っているので正確には「個人誌」)を作る趣味がある旧知の知人がいまして、コミックマーケットなどの同人誌即売会ではかれこれ10年くらい売り子を手伝っていました。

 今冬のコミケを最後にしばらくお休み(というか引退)したい、とのことで、特に今回は手伝いも不要、と告げられたのが12月5日でした。


 あとは、実家の家業の後継者問題。

 後継者として期待していた方から、その点について断られたのも12月5日でした。

 父の年齢も考えると、あと数年以内に見通しをつけなければ、事業を他人に譲渡するか廃業が視野に入ってきます。……自宅併設なので、譲渡となれば自宅ごと売却する線が濃厚になるでしょう。

 祖母が住んでいた父の実家は現在住む人もなく、祖母が遺したわずかな貯金から支払っていた固定資産税も底をついて持ち出しになり始めたとのことで、こちらはすでに売却する方向で話が進んでいます。

 社会人になって社員寮暮らし〜自分で購入したマンション暮らしを始めてからは少し距離を置いていた実家ですが、家業も自宅も消滅しそうな事態を目の前にすると、かなりうろたえてしまう自分がいます。


 これほど立て続けに相次ぐと、心の整理をつけるのもなかなかしんどいものがあります……。
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市川エフエム放送の自己破産申請に対する私見(3)

 12月1日に突然放送が流れなくなって翌日に「お知らせ」が掲載されたわけですが、読売新聞千葉面にはいちかわエフエムの番組表が毎日掲載されていました。

 12月1日付朝刊の紙面はどうだったのか気になって、古新聞の山から引っ張り出してみました。

 すると、11月30日付には番組表が掲載されているのに、12月1日付には載っていません。……少なくとも、読売新聞の朝刊締切時刻の時点で、放送がないことは読売新聞に伝わっていたことになります。

 12月3日の読売新聞千葉面「市川エフエムが自己破産申請」の記事には、11月30日付で放送休止届を監督官庁へ提出したとあります。

 (まだ放送が続いていた)11月30日に提出したのか、それとも11月30日付で放送を休止すると書いた書類を12月に入ってから提出したのか、記事だけでは読み取れませんが、12月1日付朝刊に番組表が載らなかったことから推察するに、突然のようでいてあらかじめ決まっていて関係する人には知らせてあった放送休止だったように思われます。

 ……まぁそりゃぁ、自己破産の申請をしようというのにある日突然思い付きでやるわけがなくて、関係者(特に債権者)には知られないようにしつつ、かつ段取りは着々と踏んであったということなのでしょう。


 そのほか、元Web担当の方のTwitterブログには

当アカウント担当者の退職に伴い、いったん鍵をかけました

ブログについて、当アカウント担当者の退職に伴い、従来公開していた記事はいったん非公開に設定しました。

>いったん鍵をかけました
>いったん鍵をかけました
>いったん鍵をかけました

>いったん非公開に設定しました
>いったん非公開に設定しました
>いったん非公開に設定しました

とあり、「いったん」=しばらくの間、一時、の意味(goo辞書)だとすれば、再開があるかのようにも読めます。

 もっとも、放送局が再開するのか、単に時間がたってほとぼりがさめたらアーカイブ的に再度公開して元社員の方の個人的なツイートやブログの更新をされるつもりなだけなのか、そこは分かりませんが、気になります。


 さて、法人としての市川エフエム放送が解散へ向かうなか、放送局が続く道があるとするなら放送局事業の譲渡となりますが、事業譲渡となれば従業員の雇用も引き継ぐことが考えられます。

 Web担当の方はいったん(?)退職されたようですし、(さっそく次の仕事を見つけられているなら別として)路頭に迷わせないようにするには失業保険の給付が切れる前に放送局が再開しなければならないでしょう。


 そんなふうに考えていたなか、12月15日付の官報に市川エフエム放送の破産手続開始が告示されていました。

 それによると「財産状況報告集会・一般調査・廃止意見聴取・計算報告の期日」(いわゆる債権者集会)は平成29年3月13日とのことです。

 破産管財人の方が現在の市川エフエム放送が持つ換価できる資産を調査して債権者に配当の見通しを報告して、破産手続きの廃止に関する意見を聴取する日が3か月後というわけです。

 そこで債権者がほかに財産があるはずだ! と主張して破産管財人の方が引き続き調査するのでない限りは、おそらくその日からそれほどの日を置かずに破産手続きは終了して市川エフエム放送は名実ともに消滅することになるのでしょう。


 新規に後継法人を立ち上げるか既存の法人で引き受けるところを探して事業を買い取るならば、その間にということになりそうです。

 事業譲受にどれだけの対価が必要なのか……破産管財人や裁判所次第ということになりそうですが、たとえば入札ということになれば、どういう応札があるかによるものの、もしかすると新規に放送局を立ち上げ直すのに比べれば安価に事業譲渡を受けることも可能なのではないか……そんな気もしています。
author by よんなん
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市川エフエム放送の自己破産申請に対する私見(2)

(続きです)

 法人としての市川エフエム放送が赤字経営続きだったところへ、さらに数千万円規模の損害賠償請求を受けて立ち行かなくなったようだ、ということはなんとなく分かりました。

 毎週楽しみに聴いていたリスナーとして気になるのは、「放送局が今後どうなるのか」です。


 市川エフエム放送という株式会社は自己破産を申請したので、これが認められて破産の手続きが進めばこの法人は消滅へ向かうことになります。

 それでいて、12月3日付の読売新聞千葉面「市川エフエムが自己破産申請」の記事によれば、

同社は総務省関東総合通信局に11月30日付で放送休止届を提出し、今月1日以降、番組の放送を取りやめている。廃止するかどうかは未定という。

>廃止するかどうかは未定
>廃止するかどうかは未定
>廃止するかどうかは未定

とあります。

 放送局(無線局)免許を持った法人が消滅へ向かうのに、放送局を廃止するかは未定、ということは、事業を承継する法人(または個人……ですが個人の可能性は限りなく低い)が現れることに含みを持たせていることが考えられます。

 コミュニティ放送の事業者が途中から変わった事例には、エフエムわいわいが「株式会社エフエムわいわい」から「NPO法人エフエムわいわい」(株式会社とNPO法人は同名でも別法人)に移行した例、エフエムせたがやの運営主体「株式会社エフエム世田谷」が「株式会社世田谷サービス公社」に吸収された例があり、当初の事業者が消滅することがすなわち放送局の廃止を直接は意味しないことになります。


 破産の手続きを進めて債権者に配当を支払うには、市川エフエム放送が換金できる資産はすべて売却して現金化することになりますが、換金できる資産といっても、スタジオで使われなくなったミキサーやマイク、アンテナ、オフィス家具や何か……中古品として売却するにしても「がらくたの類」しかないのではないでしょうか。(推測)

 放送局事業を譲渡できるならば、債権者へいくらかそれなりに配当を支払えるに違いないです。


 放送局事業の譲渡に目途がついているのか、そうでないのかは不明ですが、もし目途がついているなら突然の放送休止を経ずにスムーズに譲渡されているのではないかと推察します。


 そうすると、放送局の存続を目指すなら、既存の法人で引き受けてくれるところを探すか、新しく立ち上げなければいけないことになります。

 新しく立ち上げるなら出資者を募ることになりますが、現在の市川エフエム放送には、市川市をはじめ、市内の都市ガス会社、信用金庫、大学、食品メーカー、青年会議所、新聞販売店、ケーブルテレビ会社など、市内の名だたる主要な企業や法人などが出資していました。

 現在の出資者にしてみれば、現在の法人が破産して出資した資本金すら返ってくるめどもないのに、同じ(黒字運営は難しい)ビジネスをやるのでまた出資してくださいと言われても即座にOKとはおそらく言わないでしょう。

 では、市内の主要企業を抜きにして放送局事業の譲受に必要な金額の出資は集まるでしょうか……。


 ここで思うのは、(鉄道が趣味なので引き合いに出しますが)北海道でいま言われている「マイレール意識」のような、「マイ放送局意識」なんじゃないのかなぁということです。

 自治体や市内主要企業などの誰かがお金を出してくれるというのではなく、聴いたり参加して楽しんでいる自分たちでお金を出すこと「も」必要なのではないかと思うのです。


 リスナーや市民スタッフの中には、可処分所得がそれなりにある人もいるかもしれません。

 開局当時は学生だったスタッフには、社会人になるとともに聴く側にまわったものの現在はそれなりの企業に勤めたり事業に成功して可処分所得が比較的ある人も、なかにはいるでしょう。たぶん。

 5万円を200人から集めれば1,000万円にはなります。


 確かに一つだけ言えることは、破産手続きが終了して現在の市川エフエム放送が放送局の免許とともに消滅する前に放送局事業を承継する法人を立ち上げるか、既存の法人で引き受けるところを見つけなければ、放送局の存続はほぼないということです。
(いったん放送局が廃止されて再度ゼロから放送局を始めるには、法人を立ち上げるほかに放送局の免許を新しく受ける労力が必要になります)


 仮にそうするとして、具体的に誰が中心になって動くのか……ということでしょうが、どうでしょう。

 少なくとも私は会社勤めですっかり忙殺されている身で、法人立ち上げなどに奔走することはできそうにありません。

#出身大学のサークルOBOG会の仕事も全然できてなくてごめんなさい……。

(続くかも)
author by よんなん
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市川エフエム放送の自己破産申請に対する私見(1)

 千葉県市川市のコミュニティFM局「いちかわエフエム」が、12月1日に受信できない状況となり、翌2日に公式サイトに「お知らせ」の掲載が確認されました。

お知らせ

 市川エフエム放送株式会社は、12月1日、千葉地方裁判所に自己破産の申立を行い、同日、受理されました。

 いちかわエフエムは、2016年11月30日午後11時17分より、放送を休止しています。

 いちかわエフエムは番組の過半が市民ボランティアによって制作されていて、私も学生時代に週1回の番組を毎週担当したほか、社会人になって以降も6年ほど前まで、ときおり特番のお手伝いをしたことがありました。(たとえばこのとき


 現在は番組制作からは遠のいたものの、住まいはいちかわエフエムが聴けるエリアで探しましたし、週末を中心に毎週楽しみに聴いていたので、突然の放送休止には衝撃を受けました。

 12月3日付の読売新聞千葉面に「市川エフエムが自己破産申請」と記事が載りました。記事によると監督官庁に放送休止の届け出を済ませたものの、放送局を廃止するかは「未定」とのことです。


 お気楽に番組制作だけをしていた立場でも、会社としての経営は決して楽ではなさそうなことはなんとなく感じていました。

 市川エフエム放送は市川市も出資する第三セクターで、県のWebサイトに県内市町村の総合的な財政状況が掲載されているところによると、2005年(平成17年)度の市川市のファイル(←PDF)に関係する第三セクターとして市川エフエム放送が載っていて、単年度でおよそ700万円の赤字が計上されています。

 上記の読売新聞の記事にも

赤字経営が続き、業績を改善できなかった

とあります。


 ……そうはいっても、赤字経営続きのコミュニティ放送局なんて全国にあまたあるわけで、突然何の予告もなく放送を休止して自己破産申請とは、何か事情がありそうです。


 市が出資する第三セクターが破たんしたなら市議会で取り上げられる可能性があると思っていたところ、市川市の三浦一成市議会議員のツイートによると、市当局から議会の会派に説明があった様子で、

安全配慮義務違反により3000万円の損害賠償請求を受けていたこと、市川エフエムの委託料は法務省に供託している旨、報告がありました。

ツイート中の写真に写っている資料のようなものによれば、3,000万円の損害賠償請求を受けていて、さらに8月31日には千葉地裁から市川エフエム放送が市川市に対して持っている債権(=市の広報番組の放送委託料)の差押命令があり、市川市が支払う委託料は市川エフエム放送に支払われず法務局に供託しているとのことです。

 損害賠償請求とは何があったのか、Googleで「市川エフエム放送」と検索しようとするとサジェストで「市川エフエム放送事件」と出てきます。

 一部の法律事務所が判例を引用したブログを書いているところによると、従業員が亡くなられた過程に安全配慮義務違反があったとして3,000万円の支払いを命じられているそうで、「安全配慮義務違反」と「3,000万円」が一致することからおそらくこの事案ではないかと思われます。


 市川市がスポンサーになった番組の放送料が差し押さえられているということは、推測になりますが、他のスポンサーのCM料金も同様だとすれば、9月以降の市川エフエム放送は現金収入がほぼ絶たれた状態だったことが推察されます。

(続きます)
author by よんなん
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【東京電力管内】 夜間電力優遇プランの現状

 2016年4月の電力小売り自由化で各社から多彩な料金プランが現れるかと期待していたのですが、新電力の料金プランは軒並み東京電力の「従量電灯B」相当のプランばかりでがっかりの昨今です。

 しかも、東京電力が「おトクなナイト8・10」をはじめとする夜間の電力料金を1kwhあたり10円台前半に超優遇する料金プランを軒並み新規加入停止にしてしまいました。

 既存の契約は引き続き適用されますが、転居の際は再契約できません。

 東京電力の新料金プランにある「夜トクプラン」は、夜間料金が1kwhあたり20円台前半に大幅値上げになっていて、とても検討の対象にならない代物です。


 我が家は2年前から東京電力の「朝得プラン」(午前1時〜9時が夜間料金)にしていて、4月以降も引き続き従量電灯Bより2割くらい安く使えています。

 一番電気を使う冬の暖房は、就寝する20時〜22時台は灯油やガスの暖房で部屋を暖めておき、エアコンはタイマーで1時を過ぎてから動くように使っています。

 一人暮らしのうちは自分一人が心がけていればよくて、夜中の0時前後に部屋が冷えてきて目を覚ましても、もう一度火をつけて暖めて消して再度寝るなど一人でやっていればよい話です。


 来月から、我が家にもう一人住むことになりました。学生の方なので平日の昼を留守にする生活スタイルはほぼ同じで、電力の利用は引き続き夜間〜早朝がメインになりそうです。

 ただ「深夜1時まで電力の使用を控えてほしい」とお願いするのは無理があります。寝るときにはいったん暖房を切って夜中に目を覚ますなんて生活は、他人にお願いするにはひもじすぎます。

 洗濯物も増えるでしょうから、週末にまとめて洗濯するほかに平日の夜に洗濯をして風呂場に干して浴室乾燥機(電気式)をつけて寝る、ということも考えられますが、1時以降に洗濯機を回して干して寝ていたら、就寝するのは3時になってしまいます。

 3月までであれば、東京電力の多彩なプランから「おトクなナイト10」なり「半日お得プラン」なり、新しい生活スタイルに合わせて選べたのですけれども、時すでに遅しです。


 新電力比較サイトで、千葉県で契約可能な夜間の料金がお得なプランを探すと、数社がヒットしましたが、どれも夜間料金は1kwhあたり20円前後です。

 当面は現在の「朝得プラン」を継続して、21〜22時ごろから翌1時までの昼間料金適用は割り切ることにして、従量電灯Bより高くなるようであれば、現在選べるプランの中から再検討することにするしかなさそうです。


 他の送電各社管内だと、たとえば東北電力が「よりそう+ナイト12」などの新プランを用意していて夜間は1kwhあたり11円台で使えるのに、この東京電力管内の時間帯別プランの貧弱さといったら何なのでしょうか。
author by よんなん
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銀行の外貨両替事情

 中国の人民元をかなり使い残して帰ってきてしまいました。

 次に中国へ行くまで取っておくにしてもいつのことか分かりませんし、手数料で多少損をしても日本円に戻したほうがいいのかなと思いました。

 日本円→現地通貨は、国際キャッシュカードで日本の銀行口座から引き出すのが利便性に加えてレートもよかったですが、現地通貨のまま日本の円建て銀行口座に預けることはできません。

 トラベレックスよりは銀行の窓口のほうがレートがよいに違いない……と、平日休みを取っていた帰国翌日に、人民元→日本円を取り扱っている銀行の支店を調べることにしました。

 外貨の取り扱いといえば旧東京銀行で、現在の三菱東京UFJ銀行です。


 三菱東京UFJ銀行のWebページで外貨両替を扱っている支店を調べると、最寄りは小岩支店でした。……ただ、どの通貨を扱っているかはWebページには書いてなくて「お問い合わせください」とあります。

 さっそく電話をすると小岩支店では扱っていなくて、船橋市にお住まいでしたら船橋に人民元の取扱窓口がございますと言われます。

 ……えっ、船橋支店では外貨両替を扱っていないはず、、、と思って聞くと、グループ会社が開いている「ワールドカレンシーショップ」の店舗といいます。


 いくら銀行系列とはいえ、外貨両替店と銀行ではレートが違うのでしょう? とさらに聞けば、当銀行と同じレートでございます、だそうです。

 それなら平日の9時〜15時に銀行へ行けなくてもよいわけで拍子抜けです。


 窓口での外貨両替で一番有利なのは銀行窓口と思っていたのが、だいぶ時代が変わったみたいです。


 さて、その「ワールドカレンシーショップ」を運営する東京クレジットサービスのWebページでレートを調べると、引き出したときはおよそ1万円相当だった人民元を日本円に戻すのに1200円くらいの差損が発生します。……1割も手数料を持ってかれるの! 


 よくよく考えてみれば、次に中国へ行くのはいつのことか分かりませんが、海外にはそんなに間をおかずに出かけたいなとは考えています。

 人民元→日本円→次に行く国の現地通貨に両替を繰り返すくらいなら、次に行く国で人民元から現地通貨に直接両替をすれば、多少の為替変動はあるにせよ2回の手数料で目減りするよりいいんじゃないか……という考えに至りました。
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8年のブランク

 8年ぶりに海外旅行へ出かけました。

 前回は2008年のことで、その2年後に体を壊してからはずっと国内に引きこもっていたわけです。

 そのほとんどの時期を無為に過ごしていたので、8年という年月の重さはあまり実感がなかったですが、ふと、7歳で初めて海外へ出かけて以来8年間も海外へ出かけなかったのは人生初だと気がづきました。

・1987年 父親の勤務先の職員旅行で香港
 (あの頃は景気がよかったので、連れて行ってもらえた)
↓6年
・1993年 当時住んでいた市の国際交流事業で姉妹都市に派遣
↓7年
・2000年 シンガポールで鉄活動+モス活動(大学に入って初の海外)
↓以後、学生時代〜社会人初期は数年おきに海外へ
・2008年 上海で鉄活動
 (これ以後、海外旅行が途絶える)
↓8年
・2016年 桂林

 小学3年で香港へ出かけてから中学3年でアメリカへ行くまでよりも長い間、国内に引きこもっていたのかと思うと、どれだけ長い間を無為に過ごしてしまったのかとあらためて思います……。
author by よんなん
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