「底辺声優の所感」がグサッと刺さった話

 2月にバズっていた「底辺声優の所感」を書いた泉水みちるさんという方の文章が結構おもしろかったので、久しぶりにnoteを見に行ったら、「底辺声優の所感」が賞を取っていたのだそうで、その話を読んでいたら結構グサグサ刺さるお話でした、ということを書きます。

 この方が「底辺声優の所感」を書いたときは

ある日の夜10時から朝方まで、8時間くらいぶっ通しで書いて、ほとんど手直しをせず、そのまま投稿しました。

とのことで、40年と少しの人生の間にかれこれ失敗を重ねた身には「『深夜のハイテンション』で書いたメールやブログをそのまま出してはいけない」と思えるエピソードですが、とはいえ自分自身でも、そういえば勤務先の作文コンクールに書くまともなネタが思い浮かばないまま締め切りが近くなってしまい「大事なのは内容じゃなくて『出したか出さなかったか』だ」という社畜の掟でまさに深夜にあわてて後先考えずに書き上げて提出したのがそれなりに社内選考を進んでしまった、なんてことが今年ありましたっけ。


 今回読んだエントリで一番グサッと来たのは

書いているときは、もうとにかく書きたいこと、伝えたいことがあふれてきてキーボードを打つ手が止まらなかったのを覚えています。

わたしが書かなきゃだれが書くんだ!!! 書きたい!!!! 伝えたい!!!! 伝われ!!!!!!!!

そんな想いで書きつづけました。

のくだりでした。

 私が自分で書いたブログを読み返してみて、最近のは面白くないなぁと思っていました。

 こんなブログでも7〜8年くらい前は、感想のメールが年1回あるかないかのペースではあっても(見ず知らずの方から)届いたりしていたものですが、最近はそんなこともなく、自分が読んでも面白くないのですから、そりゃ誰かに響くこともないでしょう。

 かつて活躍されていた鉄道ライターの種村直樹さんの文章が、くも膜下出血を患われてから精彩を欠いていた(とWikipediaにも書いてある)ように、自分もメンタルを患った前と後で違ってしまったのだろうかと思っていました。

 しかし、このnoteを読んで、頭の働き云々以前の話として、誰かに伝えたいという思いがなくなって、ただの個人的な備忘録と、ただ炎上しないことだけを意識した文章しか書かなくなっていたんじゃないか、とふと気づいたような気がしました。


 もともと誰かに何かを伝えるというよりは個人的備忘録のブログではありましたが、それでも「つまらない」という反響を含めて反響がありました。(もちろん「つまらない」以外の感想や情報などの反響もありました)

 「つまらない」という(今でいえばクソリプ相当の)反響はまさに「個人的備忘録だからそもそも人に読ませるものじゃない」というスタンスで気にしないでいましたが、それでも心の奥底には「伝えたい!」「だれか読んで!」という気持ちは無意識レベルであったのだろうと思います。

 ……そんな性格でなかったら、学生時代にラジオ局で番組を作ったり、就職活動でアナウンス職なんか受けたりしないです。


 メンタルを患う前後で変わったことといえば、批判を極度に避けるようになったことじゃないかなぁという気がします。……そんなのに耐えられるメンタルじゃないんだから当たり前ですが。

 あと、こだわりは意識的に持たないようにしたというのもあるでしょうか。こだわりを持つあまりにメンタルを病むくらいだったら、自分の思いと違ってもそんなのどうだっていいじゃないかと思うように心がけることが増えました。

 「伝われ!」ではなく「炎上しないことが第一」、「結局はどうでもいい」ようなお話なんて、そりゃぁつまらないわけです。


 もちろん個人のブログが炎上して(へたすると)仕事を追われる、なんてことになってはかなわないので、その辺は引き続き気をつけるとしても、いくら個人的備忘録のブログだとはいっても、「だれか読んで!」「(万人受けじゃなくてもいいから)伝われ!」という気持ちはいま一度意識してみようかと思ったのでした。
author by よんなん
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