朝まで眠れない!

 早寝も早寝、いつも20〜21時、早いときは19時前後に寝てしまう自分です。

 とはいえ、早起きするといってもせいぜい4〜5時台で、深夜の0時とか1時、ましてや日付が変わる前に起きるような趣味はないです。

 ……が、3月20日ごろから、どうにも睡眠3時間程度で目が覚めてしまい、そのあと朝まで眠れない日々が続いています。

 夜中に目を覚ましてしまうと、睡眠薬を飲んでもちっとも効きません。

 昼間にオフィスで座ってばかりで体が疲れないからなのか、と、職場近くのフィットネスクラブへ泳ぎに行く頻度や時間も増やしてみましたが、効果が見られません。


 「4当5落」とか、ナポレオンは3時間しか寝なかった、とか、睡眠時間にまつわる成功者の逸話を知らないわけではありませんが、私は病気休職から復帰していまだ通院加療中の身で、仕事に燃えてバリバリ働くジャパニーズビジネスマンではないです。

 入眠して3時間が一番深く眠れる時間、とのことで、その時間に眠れているのでどうにか昼は(昼休み以外)職場で居眠りしないで済んでいますが、そうはいっても疲れは溜まる一方ですっかり参ってしまいました。

 主治医の先生に相談して、睡眠薬を効き目の長いものにしてもらったり、メラトニン(=日が暮れると脳から「夜だー寝るぞー」と出る物質……らしい)受容体に働きかける薬を新しく出してもらったりしましたが、それでも変わりがありません。。。

 本当に、自分の頭には3時間タイマーでもあるのか、と思うほど見事に寝てから3時間後に目が冴えてしまいます。

 そして夜が明けようかという頃に再び眠くなってくるので、休日はともかく、これでは日勤職のサラリーマン生活がまともに送れません。


 この間あった変化といえば、2年半続いていた抗うつ薬の処方が今月はじめに途切れたことです。

 そういう薬を飲まなくなって半月経っても、気分が大きく落ち込むでも、悪いようにしか思考が働かないでもなく、これはいい方向の変化だと思っていました。

 ところが、この薬は副作用に「傾眠」があり、夜にしっかり眠れていたのは、どうやらこの薬のおかげだったようです。


 結局、一世代前の(効き目は低めだけど同じような)抗うつ薬がほんの微量ですが処方され、それがまさに効果てきめんで再び夜も元通り朝まで寝られるようになりました。。

#主治医の先生の説明では、この薬はもはや抗うつ薬としては役目を終えており、もっぱら睡眠を改善する副作用の目的で使われているというお話でしたが

 3年前、(精神科の前に)最初にかかった内科医から、早朝覚醒は、ストレスによって脳が朝じゃないのに「朝だー!起きろー!戦えー!」と指令を出すからなんだとかどうとか言われましたが、現在は何がどうストレスになっているのか自分でもよく分かりません。
(3年前と違って業務内容は考慮していただいてますし……)


 夏がくれば抗うつ薬歴も4年目になるわけで、まだ先は長そうです……。。。
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カウンセリングルームに通い始めたけれど…

 産業医の先生のすすめで、カウンセリングルームへ通いはじめました。

 健康保険が使えないところで、1回(50分)あたり9000円と(自分の財布で払うには)目が飛び出るような値段なのですが、健康保険組合の紹介なら年度内の一定回数は健保が(健康保険の制度とは別に)持ってくれるので、3月・4月をまたげばまとまった回数を受けることができて、その点は安心して通えます。
(主治医の先生によれば、今回紹介されたところは良心的なカウンセリングルームだとか)


 さて、目下のハードルは「私がしゃべらないこと」です。

 復職以来、あらたまった面談の類でたとえば上司とか産業医の先生から問いかけられても、返答を考えて話し始めるまで時間がかかるのと、話し始めてもぽつりぽつりと断片的にしか話せないので、ちっとも進みません。

 ……産業医の先生との面談は、1回2時間くらいかかります。


 カウンセリングはきょうで3回目だったのですけれども、そんな調子で50分ではほとんど話の進展もなく、セラピストの方も「考え途中のことでも言葉にしてくれないことには……」とお困りの様子でした。


 考え途中……といっても、ちゃんと頭が回って考えているのかといえばそうでもなく、「下手の考え休むに似たり」みたいな感じで、会話をしなきゃいけないのに一人でぼーっとしているあんばいです。
(別に不真面目にするつもりはなくて自分はがんばっているつもり)

 お薬のせいかしら? と聞かれましたが、そのあたりのことはよく分からないです。


 1回目の初対面の印象は、「話しやすそうな人に担当してもらえてよかったなぁ」というものでしたが、それでもこのありさまです。

 ただ、「思いついた言葉」が「真意を的確に表している言葉」かどうかは別の話で、思いつくままポンポン口にしたのでは、違う方向に行ってしまうのではないかという気もします。
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「やる気」などというものは、3年前に置いてきてしまった

 と、自分で言ってしまっては身もフタもないのですが、一人でいろいろ考えていると、決まってこんなフレーズが思い浮かびます。

 そんな話を書きます。たぶん、支離滅裂だと思いますが、この時期にはこんなことを考えていたという記録もかねて書きます。


 まもなく復職から1年が経ちます。

 再度休職に陥ることなく過ごすことができて、それはよかったのですが、依然として「会社に来るのが仕事」という状態です。

 定例的な業務を1つ担当していますが、毎日20分ほどで終わる内容で、残り7時間ほどは業務資料や回覧物に目を通すなどして過ごしています。
(たまに単発的に資料をまとめるなど指示された業務があればそれをやる)


 本来、ホワイトカラー職場では「仕事は自分で見つけるもの」であって、上司からもそれを期待されている(+いちいち指図するほど上司もヒマではない)のはよく分かるのですが、この言われたことしかできない(期待に応えられない)度合いは自分でも泣きたくなるほどです。
(言われたことすら満足にできないときもある)

 入社して3〜4年目だったか、(確か)東大出の文系同期君が「閑職にまわされた」(確かにヒマなことには定評がある職場)と言って辞めたのを、仕事なんて自分で見つければいくらでもあるのにあほか、と思っていた(当時の日記)この自分がですよ。


 産業医の先生も、この状態では病状の改善も見込めないので、環境を変えましょう(=異動させてもらいましょう)、と言われるのですが、いまさら希望する業務も特にないのです。(……そもそもこの会社で人事の希望をかなえてもらえると思っちゃいけませんし)

 本当になにもないのか、と、強いて挙げるならば、9年前の「入社志望動機」なんてものしかありませんが、世間知らずだった頃の話ですし、なにより相変わらずこれまで経験した職場以外に社内を知らないという点で変わっていないのです。


 それと、社内を知らないということ以上に、「あれがしたい」「これがしたい」という希望というか、やる気というものが、本当にまるでないのです。


 ……昨年、直属の上司が異動で交代しました。こんどの上司は、打ち合わせの席で指示ではなく

「(この案で)君は何をしたいのか」

と問うてくる、面白い(と私は思う)方です。……面白い、と思ったって、上記のようにとても自分が追いつかないのですけれども。

 休職中のおよそ1年半と、復職してしばらくの間に、事務所の所長は代わり、上司も代わり、職場の人もほとんど入れ替わり、事務所内の雰囲気も少しは変わり、今のような環境に異動してきたら、少しは違ったんだろうかと思ったりもします。


 いや、ちょっとなじめない環境が続いたくらいでへこたれていては社会人として話にならないわけで、しょせんその程度の人材だった、というだけなんですけれども。


 会社を1年半ほど休んでようやく、

資料説明以外に誰も発言しない会議を何とも思わなくなって、

職場の机が物置でも何とも思わなくなって、

自分のあずかり知らぬところで決まった仕事の中身に何か思うところがあろうが、立場をわきまえて余計なことはしない心がまえはできるようになって戻ってきたんだけどな。


 ……診断書に書かれた発症時期からまもなく3年になろうとしていますが、再び「やる気」などと一般にいわれるものを取り戻すまでに、4年、5年、6年、と経っていくんだろうか。


 立ち止まっていた分、定年が延びるわけじゃないし、着々と、社会人としての寿命はどんどん短くなっていくのにな。

 「『定年』なんて考えてんのか! 本社採用なら定年がないところ(=取締役)まで行ってみろ!」と、作業服でハンマーを持っていた頃にたたき上げの大先輩に言われたのを覚えています。……覚えていますけれども、その道は遠くなるばかりです。


 いや、そんな理屈みたいなものはどうでもよくて、とにかくこんな体たらくで正社員の給料をもらっておいて不平を言ったら石が飛んでくる、バチが当たる、という話です。
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易疲労感

 会社を休み始めた頃、何かの手続きのためにいただいた主治医の先生の診断書に、症状の一つとして表題の言葉が書いてあったような記憶があります。

 復職して8か月が経って、次第に週5日勤務も板についてきた感じがするな……と思ってましたが、今週は週のはじめからどうにも疲れが解消されない感じがして、きのう休暇を取得しました。

 カレンダーを見ると、9月下旬から、

・9月15・16・17日の3連休
・10月6・7・8日の3連休
・11月2・3・4日の3連休(11月2日は有給休暇)

と、2週間おきに3連休があってどうにか続いている実態があるので、まだ3週続けて月〜金の5回出勤するのは難しいのかな、と思わざるを得ないです。

 金曜はスーパー銭湯へ出かけましたが、家を出たのは16時過ぎだったかで、きのうも、知人とイベントへ午前中から出かけるつもりが午後からゆっくり顔を出しましたし、きょうは大学の後輩からネタ映画鑑賞会へ誘われていたのを欠席。

 まぁ、そういうときもあるでしょう。
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GWが終わって

 世間一般では連休明けとはしんどいものなのだそうですが、自分は9連休のおかげで少しは調子を取り戻した気がします。

 ……たぶん、5月第1週に連休がなかったら、きっと頭がもっとおかしくなって警察沙汰になるような騒ぎを起こしていたと思います。(大げさな話じゃなくて)


 9連休中は、1日だけ産業医の先生のところへ面談に行ったほかは、意欲も食欲もなくずっと家で休んでいました。体重も2kg減りました。


 復職してから指示されていた(特に締め切りはなくてマイペースでやってよいと言われていた)業務はGW前にひとまず終えたので、連休が終わってからは、仕事らしい仕事といえばコピー取りか折り紙(←といっても遊びではない)がある程度で、落ち着いて過ごしています。

 GW前後の調子を振り返ってみると、マイペースでやっていいから、急がない仕事だから、と言われていた業務を気づかないうちにハイペースでやっていたみたいです。


 ようやく落ち着いてきて、きのうは午前中から外出することができました。

 月〜金で会社へ行って、その次の日に午前中から動けた、とは個人的に快挙です。


 きょうは、午後から今シーズン初めて神宮球場の東京六大学野球(早大×明大)へ。

 そうはいっても、もうシーズンは終盤で我が母校の試合は早慶戦しか残っていません。
(早明の決着は平日に持ち越されましたが、去年と違って平日に神宮へホイホイ来れる立場ではないので)

 普段の試合には来れましたが、一種のおまつりのような早慶戦は来れる気がせず、たぶん今シーズンはこの1試合だけになりそうです。


 試合後、Facebookで私が居酒屋にいるとタグ付けされて、ご覧になった方は会社の飲み会を全部断ってる立場で? と思われるかもしれませんが、18時過ぎ(←会社の飲み会だったら、乾杯すら始まってない時間)には中座して帰っていますので念のため釈明しておきます。
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もうどうにでもな〜れ

 産業医の先生と面談がありました。

 主治医の先生は「今は体が慣れようとしているときなのでがんばりましょう」という見立てでしたが、産業医の先生は「現在の職場に慣れるどころか、早く離してもらわないと悪くなる一方ですよ」というお話でした。

 たしかに、主治医の先生は「9連休? 長期連休なんてとんでもない、休みのあとがつらいだけです」と言ってましたが、今週が休みでなかったら、会社へ行けてなかったと思います。

 きょうだって、会社の保健施設へ向かう電車の中でなぜかSOSボタンを無性に押したくて仕方がなかったです。……SOSボタンを押したって何か電車の運行に差し障りがあるわけでも犯罪に巻き込まれているわけでも生死に関わるでもなく、一人で勝手に頭がSOSしてるだけです。

 そんな理由で押して電車を止めたら警察へ連れて行かれるのが関の山で、取り調べ室で勤務先がばれて「**社の従業員が理由もなく電車止めた」なんて話になったら二度と日の当たるところには出られない、程度のことはさすがに分かって思いとどまれましたが。。。

 土曜日は風呂の中でアウアウアーしてましたし、月末に親と温泉へ行くのも無事に帰ってこれるかどうか。

 再び悪くならないうちに異動させてもらいなさい、と産業医の先生には復職前から言われていたので、悪い予感が的中しつつあるようなお話をされました。


 異動の希望は、会社から確かに聞かれてはいるのですが、

高橋「産業医の先生は『○○』な仕事はどうかと言ってました」
上司「『○○』は忙しいよ〜」(○○職の経験がある上司)
高橋「……」

高橋「入社する前は△△な仕事を志望して採用選考を受けました」
上司「△△って、思いっきり利害が対立する部門だよ、いいの?」
高橋「対立しちゃいけませんか」
上司「対立してたら会社の業務が止まっちゃうよ」
高橋「……」

高橋「しばらくは事務職のようなルーチンワークをさせてもらえませんか」
本社「千葉県にお住まいなら、鴨川や銚子にも事業所があります」
高橋「泊まり勤務なら通えますが、日勤だと引っ越しをして主治医の先生も変えなければいけないです」

高橋「といっても、引っ越しを伴う転勤が嫌なのではなくて、いまこのタイミングで、というのは…」
本社「いずれ□□や◆◆(=JRの往復割引が使えそうな遠くの地名)に10年とか15年くらい腰を据えて△△業務に取り組んでもらう、というのは」
高橋「独り身でいるうちはよいです……が、、、家族ができるとどうなるか…」

本社「何か思いついたことがあれば気軽に教えてください、参考にしますから」

こんな調子で、3月あたりで話が止まっています。


 どんな仕事にもそりゃー大変な部分があるのは至極当然な話なわけですが、週5日会社へ出てくるのだけでも精一杯なのに、いまここで吹っかけられて「それでも俺はやるぞ!」なんて言える状態ではありません。

 仮に言えたとしても、言ったからには次の異動場所でへこたれたが最後、もう会社には居場所がないでしょう。自分で行きたいと言って異動するんですから自分で言ったことには責任を持たなきゃいけません。


 産業医の先生のお話では、本社は「元いたところからはなるべく遠いところがいいだろう」と気を遣っているに違いないので、知っている人が多い群馬がよければ声をあげることです、だとか。

 それ以前に、「高橋さんにとって今の職場環境がよくない、という思いはないのですか?」……って、それって

「俺のうだつが上がらないのは、この環境が悪いんだー! 悪いんだーわるいんだー....(エコー)」

って言えということですよね……「俺が社会で認められないのは権力と天皇が悪いんだ」と言ってる引きこもり諸君(が本当にいるのか知らないけれど)とあんまり変わらないような、、、

 だって、環境が悪いならみんな悪くならなきゃおかしいじゃないですか。ちゃんと仕事している人が大勢いるわけじゃないですか。


 いくら本社採用で言われたことを何でもこなす役回りを期待されてるといっても向き不向きっていうのはありますから言っていいんですよ? と言われても、、、

 そんなこと言おうものなら、「なるほど!ザ・ワールド」の愛川欣也みたいに「はいだめー!」とやられて自分のテーブルに「×」印がついて一生取れないような気がするんですけども。


 それよりなにより、1年半も仕事を放り出しておきながら路頭に迷うどころか正社員でのうのうと復帰して、一日中資料や新聞を読んでれば何の成果も出さずに満額の月給がもらえて、こんなに恵まれた待遇でいて、それが気に食わないなんていったら身の程知らずもいいところで、それ以上なにを望むというんですか。


 それは程度の問題です、全部他人まかせにして自分から声をあげないのも無責任というものです、それに人事は最終的に会社が決めますから、希望を言った高橋さんにすべての責任がかぶさるわけではありません、本当に高橋さんは満足な仕事もしないでお金がもらえて幸せですか? よく考えましょう、と先生。

 ……健康保険組合の制度で1年度に5回までカウンセリングが無料であること(自費で受けると7〜8000円くらい)、認知行動療法もそこで受けられることを紹介されて面談が終わりました。


 もう将来なんかどうでもいいよー、知らないよー、と、帰りの電車の中では壁や手すりに頭をドッカンドッカンぶつけていました。……そういえば授産施設に自分の頭をポカポカ叩いてる人がいたっけなぁ。同じだなぁ。

 こんな状態でうっかり何か言っちゃって、会社のえんま帳にずっと残るとしたら……いつの日か絶対後悔するんだろうな、、、
author by よんなん
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11年遅れの人生

 2月に復職をして、2月と3月は有給休暇の消化も兼ねて週3〜4日勤務からスタートさせて、4月から週5日勤務になりました。

 4月の第1週は順調で、あっという間に月曜から金曜までが終わりました。

 いい感じなんじゃない? と思ったのもつかの間、第2週からは次第に疲れが溜まる一方になりました。

 最終週だった今週は、火曜の終わりごろにはかつての金曜の終わりくらいに疲れ果てていて、水・木・金、と、よく会社を休まなかったものだと思いました。

 ……来週なんかとても続かない、、、というタイミングで1週間休みなのでどうにか持ちこたえた感があるのですが、きのうの主治医の先生のお話では「長期連休なんかないほうがいいです」「いまがつらい時期ですが体が慣れようとしているときです」だとか。


 いつまで続くんだろうなぁ……月曜から金曜まで会社へ通うだけでこんなにつらいなんて、何の仕打ちなんだろうか、俺は何か悪いことでもしたのか、とふと思ったりするのです。

 「存在自体が害悪なんだよバーカ」という結論しか思い浮かばないんですけども、たまたまそのとき風呂に入っていたからか、とち狂ったように浴槽の湯をぶちまけてアウアウアーしていました。

 実家だったら親がすっ飛んできてぶん殴られていたと思いますな。……一人暮らしだから表面化しないだけの話です。


 来月末に親と温泉へ行くのですが、いっそ、旅館の人に警察か消防でも呼ばれて黄色い救急車で運ばれてしまったほうがいいんじゃないか、とすら思います。


 自分が新宿へ転勤したときの人事担当の方について「あの人とうまく折り合える人はそういない」という、なぐさめているんだかなんだかよく分からない話がどこからともなく耳に入ってきましたけれども、新宿へ転勤してから2年半くらいを棒に振っているわけです。

 まだまだ使い物にならない日々は続くと思うので、サラリーマンのキャリアとしては3〜4年くらい遅れて人生を送ることになるのでしょうか。

#もしかすると二度と日の目を見ないんじゃないかという気すらしているがな!!


 ここから非常に子どもじみた話をします。


 1978年度生まれの人がストレートで大学を出て就職してれば2001年からキャリアを積んでいます。社会人12年目です。社会を背負って立つ代表的な世代といえるでしょう。

 自分はただでさえ大学入るのに1年+大学を出るのに2年余計にかかって2004年に社会人になったので、サラリーマンになった時点で「3年遅れ」という感覚がありました(←自分が高校のとき中高一貫校で同じ部活にいた中学生の後輩君がいまや入社同期です)が、これが6〜7年遅れになることは確実です。

 いや、勤務先は大学なんか出てなくてもやる気と能力次第でいくらでも登用されるところなので、1997年に就職した人と比べれば入社時点で7年、おまけに休職やら何やらでプラス3〜4年したら10〜11年遅れです。

 勤務先の場合、本社採用だと2年ぶんゲタを履かされるので、差し引いて8〜9年。

 今年34歳になるっていうときに、25〜26歳の人に追いつかれている(その間の人たちにはとっくに抜き去られている)計算です。


 そういう人生を送るつもりで(そこそこ立派な)大学の修士課程まで終えたんだとしたらマヌケもいいところでありまして、高校を出たら働き始めたほうがよほどおりこうさんでした。


 出世がどうこうなどとつまらないことを言うつもりはなくて、そこそこ充実した幸せな人生を送れているのなら、別にそんなことどうでもいいんでありますけれども、冒頭に書いたように、何かの仕打ちか罰ゲームか、と思うような日々を送っているわけです。……恵まれているのは「クビにならなかった」という待遇だけです。

 9年遅れているのなら、定年が9年延びるのか、仮に定年がない地位に到達したとしても、人生が9年延びるのか、といえばとんでもない話で、残りの時間は決まっています。


 しかも、家庭のことなんかかえりみず仕事に熱中して残業しまくろうが家に帰らなかろうが好き勝手して、勤務先の中の人という立場を使って世の中を変えちゃう、なんてことは、本来、独り身でいる今だから、管理職じゃない実務者レベルの今だからこそいくらでもできることだろうと思うのですけども。


 私の勤務先について「好きなことを仕事にできて楽しいでしょう」とよく言われます。

 が、一日中オフィスに引きこもって白と黒とちょっと赤や青が入っただけの図面ばかり見て過ごす毎日の何が楽しいのか全然分かんないんだ。orz

 楽しさを理解するには好きになることだ、好きになるにはまず1年続けてみろ自分、人事面談で何か言いたければそれからだ、と思いましたさ! 2年前の今ごろに。

 で、1年続くどころかその前にドクターストップになって、休職して、とりあえず復帰はして、決まりだから元の職場にいったん戻って、3か月経って「今ここクマー」というやつです。


 人生がこんな行く末であることを、小学生や高校生時代の自分が知ったらどう思うやら、と考えると、目から汗が出てきてしょうがないってもんです。
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不完全燃焼なんじゃないですか

 久しぶりに主治医の先生の診察のことを備忘録的に書きます。

 毎日8時間寝ても満足に寝た気がしなくて、月曜から木曜にかけて疲れが溜まる一方であること、きょうは会社を休んだので9時間寝られてようやく満足に寝た気がしたことをお話ししました。

 8時間は寝過ぎだと指摘され、「それでも寝足りないということは、毎日の過ごし方で何か心当たりはありませんか、不完全燃焼だったりしませんか」と言われました。

 不完全燃焼と言われても、何がどうなっていれば完全燃焼=望ましい状態なのかが分からず、分からないで話をしているのですから当然ながらその後の会話は要領を得ないまま診察が終わりました。


 完全燃焼ってどういう状態のことを言うのですか、と聞いてから話をすれば要領を得ない話をして先生を困らせないで済んだのかもしれない、と帰り道に思いましたが、予想外のことを聞かれるとその場で必ず混乱するのは毎度のことで、こればっかりは直らないです。


 ブログにまとめようとすれば日々の暮らしで何がもやもやしているのか少しは整理できるか、と、あれこれ書いては消し書いては消し推敲してみましたが、自分でもわけが分からなくなってきました。


 先週お会いした本社の課長と今回主治医の先生がおっしゃった共通の言葉は「先のことがハッキリしないのがつらいのですね」ということで、まったく関係のない二人の人から同じことを聞くと信じてしまうのも昔からの習性です。


 先のことといっても……自分がこれからどんなふうに復調してどんなふうに段階を踏んで少しずつ本格的に復帰していけるかなど、自分は精神科の専門家でも労務管理の専門家でもありませんから他の事例もよく知りません。

 他人に聞いても口を揃えて返ってくる言葉は「それはタカハシさん次第です」。


 一方、元職場に復帰して、担務も持たずに一日自席に座って職場備え付けの読み物(幸いにも業務資料ばっかりは面白いのが多い)に目を通して勤務時間中さえ職場にいれば正社員の月給が出るのですからありがたいことですが、周囲がバリバリ仕事をしているのにいいのかな、という気もします。

 何か具体的な成果を生み出すような仕事はコピー取り程度しかしてないので、全員出席する定例の会議こそ出て話を聞いてますが、その他の打ち合わせ類は全部スルーされています。

 ……いや、混ぜてもらったって内容を適切に理解できるはずもないのは自分でも分かってますし、先月末のことだったか、それこそ自分は何を勘違いしたのか定例の会議その他でうっかり手を挙げてしまい、まったく的を外した発言に白い目で見られ(たような気がし)てからというもの現事務所の業務に首を突っ込んでいる場合ではないと思い知りました。


 飲み会の類もすべてお断りしている(=翌日きちんと会社に出てくるのが最優先だから)ものの、そろそろ歓送迎会のシーズンです。

 水曜日にあった、異動される先輩の送別会は形式的なものではなく職場の内外から大勢の人が駆けつけた本当の壮行会のようなものだったのに、そういう送別会だとも知ら(され)ずに欠席で返事をしてしまい、当日続々と人が集まってくるなか「自分は帰ります」と言うのはバツが悪かったです。

 ……有給休暇は余っていてあれこれ理由をつけてじゃんじゃん休んでいるくせに、そうかこの壮行会には出ないんだ、と思われても仕方がないです。


 決まりなので元の職場にいったん戻りましたが、あれこれレベルの高すぎることに気を遣わないで済む職場に移りたい……業務も、しばらくの間は、指示されたこと以上の付加価値を要求(期待)される「仕事」ではなく、言われたことを決められた手順通りにきちんとやる「作業」をこなすところからやり直したい。。。


 でも、お前それでも本社採用か自覚あんのか私傷病を隠れ蓑に怠けようとしてるんだろ、って絶対に言われるんだろうな。

 仮に言われなくたって、そう思われるんだろうな。自分のいないところでタカハシはこんな奴だと吹聴されるんだろうな、人事台帳にもそう書かれてずっと残るんだろうな。

 本当に面と向かって言ってくる人に限って「タカハシのために言っているんだ、お前の本当の能力はそんなもんじゃないはずだ、そういうことをきちんと言ってくれる人を大切にするもんだ」って言うんだよな……。


 なるほど夜も満足に眠れないわけだ。
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強力なサポートを受けている

 きのう付けで復職して、当面は、自分のペースでやれる業務に就くことになりました。

 まず任されたのは、自分の課(「課」とは言わないんだけど、まぁそんなようなところ)が事務所内のイントラネット上で連載している読み物の見直し。

 執筆時とは情勢が変わって内容が古くなってしまった部分をチェックします。
(改訂するかどうかはまた後の話)


 締め切りは特になくて自分のペースでやれるのですが、なんだかんだいって、いつの間にやら周囲の雰囲気に流されてバリバリ資料を読み込んでいる自分がいました。


 主治医の先生からは「がんばってはいけません」と指導されているのですが。

 障害者職業センターのカウンセラーさんからも「復職後すぐにがんばって再発させてしまう人が多いです」とクギをさされています。


 で、事務所には所長の次にえらい「次長」がいて、雲の上の人なのですが、2日間で2回も応接スペースへ呼ばれました。


 次長用の応接スペースは、業務上の報告や指示(のほか場合によっては叱責)に使われることがほとんどの場所なんですけれども、2回とも

「自分のペースでいいから」

と温かく念を押される内容でした。


 次長の予定はびっしりで(事務所内の社員の予定はイントラネット上で見られる)、案件も多く抱えて忙しいに違いないのに、とても戦力にならないレベルの社員にこうして目を配って時間を割いている時点で、自分は強力な配慮を受けている実感がありました。


 コロッと会社にだまされやがって、この社畜! と言う人もあろうかと思いますが、とりあえず自分はいまのところ休職前とうって変わって幸せ者だと思います。
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職場を活用した「通勤訓練」

 が、今日から始まりました。

 勤務ではありません。東京障害者職業センターのプログラムで、会社には職場を使わせてもらう協力を得て行います。

 前にも書きましたが、勤務先には育児目的でしか時短勤務の制度がありません。

 病み上がりの身で突然フルタイムの勤務を始めるのは非現実的なので、休職期間中に時短勤務に見立てた「訓練」をしておくことになります。

 電車賃は自分持ちです。(……とはいえ、病気休職中で給料出ない=傷病手当金は引き続きもらえるので、その中から支出します)


 勤務ではないので、職場で階段から転げ落ちても、職場への行き帰りの途上で何か事故や事件に巻き込まれても、労働災害(業務災害・通勤災害)の対象外ですが、障害者職業センターのプログラムとして通うので、そちらに補償制度あるとのことです。
(どの程度の補償が受けられるのか具体的には知らされてませんが)


 さて、一昨年の夏、ある日突然すべての仕事を放り出して休み始めてしまった手前、どのツラ下げて行ったものか……という不安は大きかったですが、予想外に職場のみなさんが温かく迎えてくれました。


 業務ではないので、会社側から作業の指示は基本的にありません。

 その代わり、障害者職業センターから「休職中を振り返る資料」を作るよう言われています。


 パソコンを立ち上げると、昨年の1月に私物を取りに来たついでにメールチェックをして以来の、2604通ものメールが溜まってましたよ。。。

 回覧物もあり、当面はそれらに目を通すので終わりそうです。


 きょうは、9:20〜11:00の1時間40分を難なく過ごし、午後は上野の障害者職業センターへ向かいました。
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